は青ガサが残した小屋で、今度こそヒメの持仏のミロクの像に精魂かたむけていた。ホトケの顔にヒメの笑顔をうつすのがオレの考えであった。
 この邸内で人間らしくうごいているのは、ヒメとオレの二人だけであった。
 ミロクにヒメの笑顔をうつして持仏を刻んでいるときいてヒメは一応満足の風ではあったが、実はオレの仕事を気にかけている様子はなかった。ヒメはオレの仕事のはかどりを見に来たことはついぞなかった。小屋に姿を現すのは、死者を森へすてに行く人群れを見かけたときにきまっていた。特にオレを選んでそれをきかせに来るのではなく、邸内の一人々々にもれなく聞かせてまわるのがヒメのたのしみの様子であった。
「今日も死んだ人があるのよ」
 それをきかせるときも、ニコニコとたのしそうであった。ついでに仏像の出来ぐあいを見て行くようなことはなかった。それには一目もくれなかった。そして長くはとどまらなかった。
 オレはヒメになぶられているのではないかと疑っていた。さりげない風を見せているが、実はやっぱり元日にオレを殺すつもりであったに相違ないとオレは時々考えた。なぜなら、ヒメはオレの造ったバケモノを疫病よけに門前へすえさせたとき、
「耳男が無数の蛇を裂き殺して逆さに吊り、蛇の生き血をあびながら咒いをかけて刻んだバケモノだから、疫病よけのマジナイぐらいにはなりそうね。ほかに取得もなさそうですから、門の前へ飾ってごらん」
 と云ったそうだ。オレはそれを人づてにきいて、思わずすくんでしまったものだ。オレが咒いをかけて刻んだことまで知りぬいていて、オレを生かしておくヒメが怖ろしいと思った。三人のタクミの作からオレの物を選んでおいて、疫病よけのマジナイにでも使うほかに取得もなさそうだとシャア/\と言うヒメの本当の腹の底が怖ろしかった。オレにヒキデモノを与えた元日には、ヒメの言葉に長者まで蒼ざめてしまった。ヒメの本当の腹の底は、父の長者にも量りかねるのであろう。ヒメがそれを行う時まで、ヒメの心は全ての人に解きがたい謎であろう。いまはオレを殺すことが念頭になくとも、元日にはあったかも知れないし、また明日はあるかも知れない。ヒメがオレの何かに興味をもったということは、オレがヒメにいつ殺されてもフシギではないということであろう。
 オレのミロクはどうやらヒメの無邪気な笑顔に近づいてきた。ツブラな目。尖端に珠玉をはら
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