の返答があった。
「ヒメがそれに同意なら、願ってもないことだ。ヒメよ。異存はないか」
 それに答えたヒメの言葉もアッサリと、これまた意外千万であった。
「私が耳男にそれを頼むつもりでしたの。耳男が望むなら申分ございません」
「それは、よかった」
 長者は大そう喜んで思わず大声で叫んだが、オレに向って、やさしく云った。
「耳男よ。顔をあげよ。三年の間、御苦労だった。お前のミロクは皮肉の作だが、彫りの気魄、凡手の作ではない。ことのほかヒメが気に入ったようだから、それだけでオレは満足のほかにつけ加える言葉はない。よく、やってくれた」
 長者とヒメはオレに数々のヒキデモノをくれた。そのとき、長者がつけ加えて、言った。
「ヒメの気に入った像を造った者にはエナコを与えると約束したが、エナコは死んでしまったから、この約束だけは果してやれなくなったのが残念だ」
 すると、それをひきとって、ヒメが言った。
「エナコは耳男の耳を斬り落した懐剣でノドをついて死んでいたのよ。血にそまったエナコの着物は耳男がいま下着にして身につけているのがそれよ。身代りに着せてあげるために、男物に仕立て直しておいたのです」
 オレはもうこれしきのことでは驚かなくなっていたが、長者の顔が蒼ざめた。ヒメはニコニコとオレを見つめていた。

          ★

 そのころ、この山奥にまでホーソーがはやり、あの村にも、この里にも、死ぬ者がキリもなかった。疫病はついにこの村にも押し寄せたから、家ごとに疫病除けの護符をはり、白昼もかたく戸を閉して、一家ヒタイを集めて日夜神仏に祈っていたが、悪魔はどの隙間から忍びこんでくるものやら、日ましに死ぬ者が多くなる一方だった。
 長者の家でも広い邸内の雨戸をおろして家族は日中も息を殺していたが、ヒメの部屋だけは、ヒメが雨戸を閉めさせなかった。
「耳男の造ったバケモノの像は、耳男が無数の蛇を裂き殺して逆吊りにして、生き血をあびながら咒いをこめて刻んだバケモノだから、疫病よけのマジナイぐらいにはなるらしいわ。ほかに取得もなさそうなバケモノだから、門の外へ飾ってごらん」
 ヒメは人に命じて、ズシごと門前へすえさせた。長者の邸には高楼があった。ヒメは時々高楼にのぼって村を眺めたが、村はずれの森の中に死者をすてに行くために運ぶ者の姿を見ると、ヒメは一日は充ち足りた様子であった。
 オレ
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