壁の罅《ひび》からもペンペン草が頸を出す。同じ草が傾いた屋根の上では頭をふり、庭も亦一面にペンペン草の波なんだ。
一体俺達の酒倉はこれでもれつき[#「れつき」に傍点]とした造り酒屋なんだけど、何分ここの亭主は自分の酒を自分一人であらかた呑みほしてしまふものだから、長い年月には母屋を呑み庭の立木を呑み(客ではない、無論亭主自身が呑んだんだ)、今では彼の寝室でありやがては棺桶であるところの破れほうけた酒倉がただ一つ残つてゐるばかりだ。だから君、夏がきてペンペン草が酒倉の白壁の半分を包み隠してしまふとき、俺は呆然として無から有の出た奇蹟をば信ずるに至るのだけれど――君が見かけ程詩人なら、疑ふべき筋合ではないのぢやよ。といつたわけで、ペンペン草は生え放第に庭も道も一様に塗りつぶすものだから、俺は酒倉への出入にペンペン草に捲き込まれてとんだ苦労をしてしまふのだ。足をからむとか蛇をふみつけるとかしてわあつ! と及腰《およびごし》になりかかると、鼻孔にまぎれ込む奴もペンペン草であるし懐にガサガサとなる奴も――ああ何処をどうして潜り込んだのか背中で何か騒ぐ物があるのもみんなこのペンペン草なんだ。俺は
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