無想で、股にもぐした丸顔には例の脂汗とニタニタが命懸けにフウフウと調息してゐるのだつた。
――余は断じて尊公の尻を好まんよ。
と、俺も詮方なくニヤニヤと空しい尻に笑ひかけながら尚ほ暫く叩いてゐたが、やがて退屈して酒樽へ戻らうと足のフラフラを踏みしめて叢《くさむら》の中へわけ入つたのだが――(ああ、これも呪ふべき行者の幻術であらうか)叢に秘められた階段に足踏みはずして、酒倉の窖《あなぐら》へ真つ逆様に転り込むと、何のたわいもなく、俺は気絶してしまつたのだ――。
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附記
この小説は筋もなく人物も所も模糊として、ただ永遠に続くべきものの一節であります。僕の身体が悲鳴をあげて酒樽にしがみつくやうに、僕の手が悲鳴をあげて原稿紙を鷲づかみとする折に、僕の生涯のところどころに於てこの小説は続けらるべきものと御承知下さい。僕は悲鳴をあげたくはないのです。しかし精根ここにつきて余儀なければしやあしやあとして悲鳴を唄ふ曲芸も演じます。(作者白)
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底本:「坂口安吾全集 01」筑摩書房
1999(平成11)年5月20日初版第1刷発行
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