うにゲタゲタと笑ひくづれやしないのだ)、やがて、ひどく懐かしい表情をすると、恋人を抱くやうに行者の頸に手をやつて、蛇のやうな腕をするするとまはした……
 ああ! 酒は憎むべき灰色だ! 呪ふべき酒の毒よ!
 と、俺は怒り心頭に発して跳ね起きると(起きあがる急速なる一瞬間に、娘の腕のふうわりとした中で行者のニタニタがなほニタニタと深く笑ふのを眺めたのだが――)、ああ! 呪ふべき酒よ! 呪ふべき幻術よ! と俺は狂気の如く行者の丸顔(そのときも股のとなりにあつた)にとびかかると娘の腕を跳ねのけて太くたくましいその頸筋をむんずと掴んでぐいぐいと絞めつけたのだ――恐らくその瞬間には娘も蛇も蛇使ひも消えて其処には居なかつたのであらうが――けれども行者は、なほも娘に頸をまかれてゐるかのやうに快くニタニタと脂の玉を浮べるのだ。
 ――わあつ! 余は断じて酒を止めたぞよ! 余は断乎として……わあつ!
 と叫ぶと俺は行者の頸を離れ、自分の頭を発止とかかへてガンガンとぢだんだ[#「ぢだんだ」に傍点]踏んだが、あらゆる見当を見失つてわあつ! と一声うめえたまま――二十石の酒樽の周囲を木枯よりも尚速くくるくるくる
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