すなア、このホトケは」
新十郎はバラバラ事件の書類を入れた分類箱の中のものを改めていたが、やがて一冊を読みだすと次第に目に情熱がこもり、やがて一心不乱に読みはじめた。それは楠の苦心の報告書で長文の六冊だから、この場所はその読書に適さないと見切りをつけたが、書類をふせて、
「これを書いたお方にお目にかからせていただきたいものですね」
「それを書いた大人物は――と。その大仕事ができるのは沈着な楠のダンナに限る筈だが。ハテ、楠のダンナはどこへ行ったかや? 探す時には必ず見えないという人物だなア。どこにいるか。ハハハ。そこにいたか。ごらんのように、これだけワイノワイノと呼びたてられてからオモムロに溶けたような顔をあげて見せるという落ちついた大人物で」
「ヤ、どうも。あなたがこれをお書きになったのですね?」
「ハア。イカン。シマッタ!」
「ハ? シマッタ、ですッて? なんのことでしょうか。この報告書に『わがバラバラ日記が、当日の印象を記録せるを引用すれば』とありますが、バラバラ日記はお手もとに保存なさっているでしょうか。それを拝見させていただきたいのですが」
「もう焼きすてちゃッたかも知れんで
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