ンビールを傾けつつ、楠は新たに捉えた発見とその確かめた結果を語り、新十郎はそれぞれに批評を加えて、うむことがない有様だ。
「で、捉えた発見を確かめて、取捨したあげく、こまかな事実が積り積って自然に何かの形をなしましたね」
 新十郎にこう訊かれて、楠はちょッと返答をためらったが、
「確かめて得た物をつないで一ツの物にまとめるにはまだムリが多すぎるのです。特にボクが重大と見て今もこだわっているのは石松から折ヅメを貰った女の記憶ですが、その婦人から得た答は、そんな古い記憶は今さら思いだすことができませんという返答でして、それ以上は得られないのです。そのためにボクの推理は体をなしません」
「私もその婦人からはあなたと同じ返答しか得られませんでしたよ。ですが、そのほかにも一ツのことが分りました。婦人は折ヅメを貰ったことは確かに覚えていたのです。ですが、この折ヅメの件はここで一応壁にぶつかってしまったものと仮定して、これに代るべき他の発見が捉えられませんでしたか」
「そのような自在な頭のハタラキは思いもよらぬことです」
「では私がその壁にぶつかったとき、代りに捉えた発見を申しましょう。私たちは加十にヨメがあることを知っておりましたね。ですが、行方不明になったはずの加十の捜査願いが見当りませんでしたね。しかしヨメさんが健在なら心配している筈でしょう。で、今度はそのヨメさんの居所を突きとめ、加十の側から見た事実が平作たちの側からの物とズレの有る無しを確かめる方法はあるまいかと考えたのです。するとまず何よりも早く思いだすのはお直の言葉で、つまり加十には勘当後にできた特徴が一ツだけあるということですね。ところが女中たちの記憶によると加十その人らしい天狗はいつもトンビをきて黙って坐ってる以外には特徴らしいものの印象がないと云うのですね。着たり脱いだりするトンビは特徴にはなりません。また、今まで発見されたバラバラの死体にも特別に目立った特徴というものはないのです。特徴と申せば、身体に附属した何かでしょうが、もしも身体に特徴があるとすれば、今まで発見のものに見当らないから、それはまだ発見されない部分にある筈です。あるいはまた、室内でもトンビをきていつも黙りこくっているという女中の言葉から唖という特徴も考えられなくはないのですが、他にその特徴を暗示したり証明の助けとなる何かが見当らないようですから、これは一応除外しておきましょう。さて身体の一部に特徴ありとすれば、それはまだ発見されていない両眼か右耳か鼻か左手のヒジと手クビの部分か左のテノヒラか右スネでしょう。ところが右耳と鼻は顔にそぎ落されたアトがあるから、一応そこについてた物はあった。畸形の物にしても、とにかく一応ついていた。次に右スネは上の太モモと下の足クビ以下が発見されてるから、マンナカのスネだけ無かった筈はない。そこにイレズミとか傷アトぐらいは考えられるが、お直の目にわかる特徴だからたぶん着物の下に隠れる種類のものではありますまいね。すると、本来存在しなかったかも知れないものは両眼と、左手のヒジから先の指までの部分です。成人後の両眼失明なら遠路の一人歩きはできそうもないから、片目の失明とか義眼ぐらいは考えられるかも知れない。ちょッとした目立つ特徴と申せばいろいろと考えられますよ。ですが、ここで、この事件の特殊な性格と申すべきバラバラということを考えていただきたいのです。片眼の失明や耳や鼻の畸形や怪我を隠す程度のことに、関節という関節の全部にわたって一々こまかく切断する必要があるでしょうか。クビ、肩、ヒジ、手クビ、モモ、ヒザ、足クビ。これだけの関節を一々こまかく切るのは甚だ御苦労千万な話で、それに要する長時間の作業中には人に知られ易いかなりの危険がともなっていますよ。また労働時間の長短について考えると、両眼をえぐったり両耳と鼻をそぎ落す作業はその全部を合計してもものの五分間とかからぬ程度でしょう。すると、顔のどこかにゴマカシの主点がある場合に、顔の特徴を取り除き、またゴマカシの手を加えても五分間ですむのに、その御相伴として全身バラバラの大作業を加えて、わずかばかりゴマカシの引立て役とするのは、普通人のよくなしうることではありますまい。全身バラバラのこの手数のこんだ作業と、それに伴う危険を考えると、それ相応の必然性があるべきで、顔の造作をごまかす程度の目的のためにこれだけの時間と危険を賭けることは有り得ないと見るべきでしょう。そこで顔を除外すると、残った部分は、左手のヒジからテノヒラまでが最後に残る唯一の疑問の部分です。さて、この部分にどんな特徴が考えうるかと云えば、イレズミなどもあるでしょうが、尚それよりもバラバラ作業をほどこすに必然的な理由をそなえているのが、元々この一部分がなかったということ。
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