顔を見せた羽黒家の女中の一人を認めると、アッと叫びをあげて、政子の顔色が変ってしまった。
「どうしたのですか」
「奇妙なことになったわ。わけが分らなくなったのよ。ちょッと考えさせて……」
甚だしく意外におどろきはてた顔色。すると、女中の方でも政子の訪れに気がついて、一時は隠れたが、やがて心をきめてきたらしく、静かに姿を現した。そして、するどい語気で言った。
「私をかぎつけて来たのね?」
「いいえ。若夫人元子さまにお目にかかりに。女中のあなたは退っていなさい」
女中は政子を睨みつけて消えた。同行の私服はタダならぬ気配におどろき、
「あの女中とはお知り合いですか」
「チヂミ屋の娘、小花」
胸の怒りを叩きつけるように、政子は答えた。意外にも、失踪の小花であった。
元子夫人は突然の訪問にその日の面会を拒絶し、二三日中に知らせをあげるから、改めてお目にかかりましょう、その日をたのしみに致しておりますという侍女からの返事であった。
★
意外なことになった上に、事件の正体が益々雲をつかむようだから、この役は紳士探偵新十郎が適任だと決して、その日のうちに古田巡査が新十郎にこの旨を伝えた。
会見の日時の通知が元子夫人から届いたので、政子に同行して、新十郎は羽黒公爵邸へ赴き、会見に立ち会った。むろん機敏な新十郎は、警察が調べた以上に多くのことをその日までに調べておいたが、公爵邸の会見で知り得たことは、外部からでは調査の届きがたい意外千万な秘密であった。
政子の質問はこう始まった。
「まだ兄からの脅迫状を受けとっておいでですか」
「受けております」
「最近はいつごろ?」
「三週間ほど前のほぼ二タ月もしくは一ヶ月に一度の割で受けております」
「要求の金額ひきかえに、秘密の品物は常にまちがいなく受け取られましたか」
「まちがいなく受けとっております」
「元子さまから兄へ当てて重ねて要求あそばした提案があるにも拘らず、それと無関係な脅迫がつづいているのをフシギに思いあそばしたことはございませんか」
「悪事をなさるお方のフルマイに筋目が立たないからとフシギがるほど子供でもございません」
「兄は三ヶ月前から行方不明ですが、それでも脅迫がつづいておりますね」
「行方不明のお方は他人を脅迫なさることができないと仰有《おっしゃ》るのですか」
「兄は半年はど前から、元子さまを脅迫すべき秘密の品物の包みを失っているのです。それにも拘らず脅迫はくりかえされ、元子さまは金と引き換えに秘密の品を入手していらッしゃるのです。すると……」
「どなたの手に品物があるにしても、私にとっては同じことです」
「そうでしょうか」
政子はちょッと考えていたが、
「当家でハナ子とおよびの女中はいつから働いておりますか」
「当てにならない記憶ですが、三四ヶ月、四五ヶ月ぐらい以前からかも知れません」
「女中の身許を御存知でしょうか」
「当家の者の中にそれを存じてる者が他におりましょう。杉山さんのお話では、当家出入りの呉服商人が身許を保証して頼んだものとか承わっております」
「杉山さんとは?」
「私の御相談相手の御老女」
「出入りの呉服商とは、日本橋の伊勢屋?」
「そうです」
「たぶんそうと思いました。あの女中は日本橋の呉服問屋チヂミ屋の娘小花と申す者で、一度は私の妹でした。なぜなら、半年以前まで、私はチヂミ屋の総領のおヨメでしたから。小花さんは同じ町内の伊勢屋の娘とは同窓で、特別親しいお友だちでした。そして半年前までは、ひょッとすると小花さんが兄のおヨメになるかも知れない人でした。私がチヂミ屋の総領と結婚した理由と同じように、チヂミ屋の財産と私の生家と濃いツナガリをもつ必要のためにです。天下|名題《なだい》の貧乏男爵家ですから。ですが私の結婚だけでほぼ事足りていたようですから、兄は結婚の気持もなかったかも知れません。チヂミ屋は半年前に没落しましたから私は離婚を命じられましたし、兄は申すまでもなく結婚いたしませんでしたから、結果は兄の本心通りに現れたと申せましょう。もともと手近かに在るから手をだして弄んでいただけなのです。小花さんがなぜ御当家を選んで女中となったか、なにかフシギなツナガリはございません?」
話の途中から元子夫人の美しい顔が蒼ざめて、はげしい衝撃のために、身のふるえの起るのが認められた。
政子のきびしい視線は、そのいたましい様を見てたじろぐことがなかった。そして猟犬がクサムラをわけて突き進むような鋭い追求の語気をはり、
「脅迫の手紙の文字や文章の変化にお気がつきませんでしたか」
「それを疑う理由がありましょうか。脅迫をうける私の身には、悪い人の片目を思いだすのも怖しいばかりです」
「新しい脅迫状を見せて下さい」
「用がすみ次第、地上に跡形も
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