るそうだ。
 周信から脅迫状のたびに指定の場所へ使者を差し向けて、一通二千円でひきかえる。いつも一通ずつだった。こうして大方十五六通は買い戻したであろう。生れたときから十一二まで乳母として附きそってくれた杉山シノブという老女が公爵家での新婚生活を案じて婚家へついてきてくれた。それが脅迫の秘密をうちあけた唯一の相談相手で、お金を渡す使者の役目も果してくれるのだが、二千円の金策では例外なく苦労がつきまとい、いつも二人の胸をいためる問題だった。
 いっそ全部一まとめに売ってくれさえすれば、十万円でも二十万円でも構わない。一時の恥をしのんで生母にすがる勇気があれば、金額の多少なぞはさしたる問題ではなかろう。この方がむしろ苦痛を早めに救う策と思われたから、その旨を周信にたびたび提案した手紙を送ったが、周信はその提案をうけつけてくれなかった。一とまとめでは味もタノシミもないし、第一、全部一とまとめに渡すとなると、とかく善人どもという奴、策をかまえて、手紙の束をまきあげておいて引き換えの金をくれないことが起りがちだが、一束そっくりまきあげられて残りの証拠がないから、もうインネンがつけられない。左様なわけで、まアせいぜい一通ずつ末長くオツキアイ致しましょう、というような憎らしい返事であった。
 この秘密を人にうちあけることができるなら、すべての人々に打ちあけて救いを乞いたいような気持であった。新十郎との再会をねがったのも、救いの力がほしい一念のせいだ。しかし元子は怖い悲しいの思いで、脅迫状も半分目をづぶって走り読みにするほどだから、新十郎の機密を要する問いに答えて手ガカリを与えてくれる役には立たない。
 新十郎は元子を慰め、必ずや近く朗報の訪れがあるでしょうと力を与えて、老女杉山に会った。
「手紙とお金の引き換えの方法は?」
「指定の場所も方法もあちらの代人も一通ごとに変っているのです。周信自身が現れたことはなく、代人は時に流し三味線の女だったり、車夫だったりで、二度と同じ者が現れたことはありません」
「脅迫状を読んで、筆者の変化にお気づきではありませんか」
「そんなことがあろうとは思わなかったせいか、ついぞ気づいたことはございません。手紙の文面を頭にたたみこむと直ちに焼きすてることを急ぎも致します」
「脅迫状がだいたい何月何日ごろに到着したか分りませんか」
「それは私の日記に、人
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