残らぬようにと、目をそむけ、目をつぶりながら、ですがイノチをこめてタンネンに焼きすてております。もう、何も訊いて下さいますな。そのような怖しいことを。もう、一切……」
元子夫人の声はシドロモドロとなり、フラフラと立ち上った。気をとり直して、必死に力をこめて、直立した。そして、やがて静かな別れの一礼を政子に与えて歩きかけようとしたが気をとり直して新十郎の方へ一足すすんで、
「結城新十郎さまと仰有いましたね」
「左様でございます。探偵とは正義のために戦うことを務めとし、いかなる人々の秘密をも身命にかえて守ることを誇りと致す者です」
「改めてお目にかからせていただくことが御不快ではございませんでしょうか」
「いいえ、その御懸念はアベコベです。私から奥様にいつか再びお目にかからせていただく申出が無礼に当りはしないかと実は気にやんで差し控えておりましたのです」
「ぜひともお目にかからせていただきとうございます」
「小沼さまをお宅までお送り致すと、そのあとはずッと約束も予定もございません」
「私にはお構いなく。美男子の紳士探偵さん。公爵家の美しい若夫人とお似合いよ」
政子は大声で言いたてながら立上った。それを見て政子を送るのを無意味とさとってか、新十郎は軽快に応じて、
「私の半可通の紳士ぶりがおキライのようですね。我ながら悪趣味と見立てていますよ。今後あなたにつきあっていただく時は、本性通りの三百代言の風体に致しましょう。しかし、あなたの御本心は、素性正しいホンモノ紳士ならばお好きのようですね」
「お気の毒さま。心底から、紳士大キライ。貴婦人大キライ。私がタンテイをカモにするときは、お涙でも、お色気でもないわね。ピストルか短刀よ。サヨナラ」
と言いすてて政子は二人にふり向きもせずサッソウととび去った。
★
元子が周信の脅迫をうけているのは、公爵との結婚前に周信と恋を語らった秘密の時期があるせいだった。女学校時代、元子は年少政子を特殊な愛情でいたわる親しい関係にあったために兄の周信とも知りあい、彼の巧妙な口説のトリコとなって一時は身も心もささげたことがあった。愚かではあるが、夢のような時代だ。そして、そのころ胸の思いをせッせと書き送った周信への手紙が、今や脅迫の原料に用いられていたのだ。周信の御親切な報告によると、それは合計して百十数通にも及んでい
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