ケリをつけた。話題を転じて、質問した。
「織物の行商人は何しに来たの?」
「私は別室にいたから分らない」
「たしかに変ったことがあったと思うな。私がここへ来ての三年間に、今日だけがいつもと変りのあるたった一日だったから」
「何が変っていたの?」
「今日一日だけ、病人の心が浮き浮きしていたのよ。私はハッキリ認めたのよ」
 ナミ子は同感とまでは行けなかった。そんなに浮き浮きしていたろうか。ナミ子は変りが思いだせなかった。だが、黙々たる来訪者はいくらか変っているかも知れない。行商人なら、お喋りが普通だろうに、とにかく石地蔵ではないことが分る程度にしか喋らなかった。あれでは反物がはけなかろうとナミ子は思った。

          ★

 ナミ子が控えの間へ戻っていると、大伍が来た。ナミ子がせきこんでカギの報告をしたが、大伍は動じなかった。
「誰がカギを盗んでも大したことは起らない。え? 兄貴は十一時に目をさましたかい。今が十一時半だね。また眠ってしまったらしいな。今さら慌てて、ヘイ、御用は? と駈けつけることはない。とにかく習慣とちがったことをやったから、目をさませば戸惑って、一応オルゴール
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