あがった。そして、一目散に廊下をまがって北のドアへ走った。把手に手をかけて引いた。カギがかかっている。ホッとした。
 二ツのドアは同じカギで間に合うのだ。内側と外側からも同じカギで間に合う。北側のドアをあけないのは、出入は西のドアに限ると云い渡されているからにすぎない。云い渡しをまもらない人はカギさえあればいつでも北のドアがあけられるし、カギを盗んだ犯人は云い渡しをまもらない者にきまっている。
 ナミ子は大伍の部屋へカギを借りに走って行った。部屋には寝床が敷きッぱなしてあって今まで寝ていた様子だが、彼もまた十時にねても十一時には目がさめざるを得ない習性に負けたのかも知れぬ。
 中年まで概ね浮浪生活の大伍は三度や五度は女と同棲したかも知れぬが、キチンとした女房らしいものは一人もいなくて、目下は悠々独身であった。
 人々にきいてまわると、大伍は十分ほど前に壮士のステッキをふりまわして散歩にでかけたそうだ。
 こうなっては遠慮していられないから、成子の部屋へ行って、ゆり起した。
「申訳けありません。オルゴールが鳴ってるのにカギがなくてはいれないのです。いつもの小卓の上に置いて下さったのでしょ
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