その仏像を持ちまわっている者があるとすれば、彼は村役場の小使で、その昔は支那まで行商に歩いたことがある人物だという。それは行商人伊助の風体に合わないこともなかった。
「あなたは仏像泥棒以外の犯人をお考えの余地がないでしょうか」
と新十郎が川田にきくと、
「それはむろん昨日でさえなければ大アリですとも。家族はたいがい全作氏に好意的ではありませんでしたね。彼が死ねば幸福になれる人もあります。けれども昨日は別の日ですよ。私の銀行へ使者がとりにきた五万円の金がそれを物語っています」
川田は静かに微笑して答えた。
「あなたは午すぎにいらしたとき、邸内をしばらく散歩なさッたそうですね」
「左様です。十二時十五分ごろから、かれこれ一時ごろまで、邸内を散歩しました。まずこの部屋のほかのところは全部のぞいて廻りましたね。一番のぞきたいのはこの部屋ですが、カギがない上に、女中さんが隣室にガン張ってるから忍びこむわけに行きませんでしたよ」
ここに一ツの新しい事実が現れた。全作が昨日五万円を必要としたのはいかなる事情によるものであるか、それを突きとめることが必要だ。
「さて、それでは時信大伍さんに来ていただいてお話を承りましょうか。だんだんもつれて、これから何がでてくるか分らない形勢になりましたな。陽のあるうちに現場の調査が一応終ってくれればよいが」
卓上の置時計が三時をうった。一風変った美術的な時計だから音も澄み渡って美しいこと夥しい。だが、ふりかえって時計を見た人々は、時報と同時に妙なことが置時計の中ではじまったので驚いた。装飾のある円柱の上に文字盤がある。その円柱の左右に一人ずつの女の踊り子の像が立っていたが、時報と同時に、この踊り子が踊りはじめた。踊りながら円柱を各々半周し、中央ですれちがい、踊りが終ったときには、右にいた踊り子が左に、左にいたのが右に、入れ違って静止した。次の時報になると、また入れ違うのであろう。手のこんだ置時計であった。
「これは珍しい時計だ」
と虎之介が驚いて音をあげると、
「いえ、この程度のことは普通です。もっともっと手のこんだ仕掛け時計はざらにありますよ」
と川田が虎之介をたしなめた。虎之介がむくれたのは云うまでもない。この一言で、虎之介の犯人は川田にきまったようなものだ。
★
大伍が現れたので、新十郎は足労を謝して、それから五万円の件をきいた。大伍は隠す風もなく、昨日朝来のことを余すところなく語った。行商人伊助が控えの間に一人で残ったところでは人々は息をのんだが、大伍が戻ってきて再び二人で病室へはいったので人々は安心した。
「で、行商人伊助は実は一色又六ですね」
「そうです」
「彼がその朝八時にくることは、いつから分っていたのですか」
「ちょうど一週間前、先週の月曜日です。無名の封書が来たのです。役場の小使と申しても、金クギ流の文字ではありませんでした。私は兄によばれて封書の内容を読まされたのです。出獄後一年あまり余念なく行商に身を入れたので、人々の疑いもはれ、誰も怪しむ者がなくなったから、仏像をほりだして持ってゆく。織物の行商人伊助と名乗るから左様御承知ありたい。文面から判断して、まちがいなく直筆です」
「すると兄上は前にも一色とレンラクがあったのですか」
「兄の語るところによりますと、一色は仏像を盗みだすと、五万円で買いたがった外人を追って探しあぐねたあげく、捕われる前日、兄を訪ねて来たそうです。その時から仏像は所持しておらなかったそうです。利口な男で、盗品は隠しておいて売り口を探していたのですね。そのとき兄は自首をすすめ、外人にだまされて詐取されたという言いヌケも兄が教えてやったということです。そして一応服役して、それから品物を持ってこい、五万円で買ってやると約束したと申していました」
人々はタメイキをついた。そして新十郎の質問を期待した。彼は訊いた。
「一色は仏像を持ってきましたか」
「持ってきました。一尺五寸ぐらいの黄金の像で、まさしく膝に大きなダイヤが光っていました。兄は仏像とダイヤが別々にはずされて、原形を失うのを恐れていましたが、そっくり原形のままで、両手の指は意外にもきつくダイヤを抑えていて、ミジンも動かないのですよ。そこに職人の技術がこもっているようだと兄は感心していましたよ。仏像そのものが美術的にも名品だと後で兄はもらしました。彼が予想以上に気に入ったのは私には一見して分りました。もうそうなれば五万円なんぞは眼中にありません。私にスミをすらせ、筆をとって川田さんに一筆したため、以下のテンマツはすでに申上げた通りです」
「その仏像はどこへ置きましたか」
「この卓の上です。置時計の横へおいて、兄はねて眺めていました。私が知っている限りは、仏像はそこにあっ
前へ
次へ
全14ページ中11ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング