穴のない石室はさらに時代が古いものと考えられていたのです。ところがそのタテ穴の古墳から仏具がでた。しかもです。奈良の古寺でもまったく見ることのできないようなトビキリの仏象がでてきました。古墳の主が朝夕拝んでいた持仏でしょうが一尺五寸ぐらいの半跏像ですが、観音様だか何仏だか、ちょッと風変りで素性の知りかねるものであったそうです。黄金の仏像ですが、両手をヒザにそろえて一ツの玉を持っていました。この玉が古墳の中へ人々がふみこんだとき、ピカピカと閃光を放って燃えているように見えたそうです。まさに人々の目を射たのです。この玉だけは黄金ではなく、無色透明なものでした。そして専門家が出張して鑑定の結果、黄金は二十二金。ほぼ純金ですね。無色透明で閃光を放つ玉はダイヤモンド。一見して百カラット以下のダイヤではなかったのです。西洋の物好きな富豪がそれを一見して五万円で買いたいと村の役場へかけあいに来たそうです。発掘品の価値が大きすぎて学界の問題になったから、村の一存で売買ができません。五万円という驚くべき大金を涙をのんでみすみす見逃さなければなりませんでした。けれども、もしもダイヤの品質がよいものならば、実はダイヤだけでも二十万や三十万以下ではないのです。なんしろ百カラット以下では有り得ないダイヤだというのですから、品質によっては五十万以上、もっと高額を望めます。百万円以上ですらも有りうるのです。ですが、それを見た人々は主として全く宝石の知識のない百姓たちが、全部でした。その人々は五万円におどろいただけで、仏像自体の真価は知りませんでしたが、一人の村人だけが真価を感づいたのでしょう。そして役場に保管されていた宝石づきの仏像だけがいつの間にか盗まれていたのです。ケンギは仏像の盗まれた二三日前から行方をくらましていた役場の小使の一色又六にかかったのです。そして彼は数日後横浜で捕われたのですが、すでに彼は盗品の仏像を所持しておりませんでした。彼の申立てによると、外国人に売ったというのです。ですが、売った金も持っていません。それを追求されると、実はだまされて、まきあげられたと主張しました。そして、だました外人が誰だか分らないと云うのです。世間ではそれを信用しませんでした。どこかへ埋めて隠しておいたのだろうと思ったのです。そして彼は三年だかの刑に服しました。そして特に関心をもった人々はこう考えていました。彼が出獄した時こそは問題だ。彼は仏像をほりだして、今度はどう処分するであろうか、と。ところがですよ。彼が横浜で捕えられたとき、何だかワケの分らない書《かき》ツケ類の中に時信全作の所番地と姓名を書いたものがあったのです。それについて一色の言葉はこうでした。人の話で、この人が高価を惜しまず骨董を買う人だときいて書きとめておいたのだ、と。時信全作も一色に会ったことはないと証言した筈です。当時彼はまだ発病前の丈夫な身体でしたよ。私も好きな道ですから、このことは忘れておりません。もしも出獄後の一色がホトボリのさめてのち仏像の処分をするとすれば、時信全作のところへも当りにくる可能性は考えられる。それは当然の考えでしょう。ですから、私は五万円という金額の必要が時信全作に起ったのを知って、ただちにこのことを考えました。さては一色がいよいよ仏像をもって現れたな、と結論したのです。私はそれを確めに、午に一度、夕方に一度、ここへ来ました。しかし、それを確めることができないうちに、彼の死体を発見したのです。そして、五万円の有無は私に調べはできませんが、このコレクションの品々は一昨日までのものと変りがない。この陳列室の中には、私のまだ知らなかったものはありません。百カラットのダイヤを膝にのせた黄金の仏像はこの部屋には見当らないのです。しかし、全作氏が誰かに殺されている以上は、その仏像がここになかったという証明はできない。昨日は、イヤ、昨日のある時間までは、ここにその仏像があったかも知れない。私はむしろ在ったと確信していますよ。別に事業に投資しているわけではない全作氏が、そして起居不自由で隠れた生活をもつことのできない全作氏が、他にどのような必要があってそんな大金をひきだす必要があるでしょうか。私は彼の趣味を知っていますが、彼が五万円を投じても惜しまぬほどの珍宝は今のところその仏像しか考えられないと信じるのです。そして泥棒が人を殺しても盗む必要のあるものは、単なる美術品ではあり得ない。美術品には公定価格がなくて、趣味が問題ですから、人殺しに引き合うほどの価格はないのです。だが、あの仏像だけは人を殺しても引き合うのです。百カラット以上のダイヤモンドがついてるのですから」
なるほど彼の話をきいてみると、彼が昨日二度も現れて全作の買い物を偵察したのは充分の理由があったということが分った。
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