早鐘のように鳴りだした。大変なことになった。思い当ることがありすぎる。
これだけ探しても見当らなければカギは盗まれたに相違ない。ドアの開けたてごとに大伍はカギを使っていたが、あれは彼のカギだし、開けたてごとにカギをかけるのは彼のいつもの習慣だ。
伊助がこの部屋に大伍の帰りを待っていた一時間あまりの間はナミ子がこの部屋にいなかった。伊助がカギを盗むことはできるが、彼にはその必要がなかろう。また、伊助が一人で居るとき誰かが来てカギを盗み去っても、伊助はその目的に気づかないであろう。
けれども、誰よりも疑わしい犯人にナミ子はまッさきに気づいていた。オトメが早々に現れて、死神をおとすおイノリと称して、タコ入道の踊りのように合掌の手をふりまわした。二本の手が八本以上にも見えたほどクネクネと目をあざむくばかり、予測しようもない動きであった。あの怪しい手が盗んだのかも知れない。そして、他の誰に盗まれてもさしたることはないが、オトメに盗まれたとなると気がかりである。三日にあげずやって来てムリにも中へ入りたがるが、カギがあれば自由に忍びこむことができる。
ナミ子はふと気がつくと、おどろいて、跳びあがった。そして、一目散に廊下をまがって北のドアへ走った。把手に手をかけて引いた。カギがかかっている。ホッとした。
二ツのドアは同じカギで間に合うのだ。内側と外側からも同じカギで間に合う。北側のドアをあけないのは、出入は西のドアに限ると云い渡されているからにすぎない。云い渡しをまもらない人はカギさえあればいつでも北のドアがあけられるし、カギを盗んだ犯人は云い渡しをまもらない者にきまっている。
ナミ子は大伍の部屋へカギを借りに走って行った。部屋には寝床が敷きッぱなしてあって今まで寝ていた様子だが、彼もまた十時にねても十一時には目がさめざるを得ない習性に負けたのかも知れぬ。
中年まで概ね浮浪生活の大伍は三度や五度は女と同棲したかも知れぬが、キチンとした女房らしいものは一人もいなくて、目下は悠々独身であった。
人々にきいてまわると、大伍は十分ほど前に壮士のステッキをふりまわして散歩にでかけたそうだ。
こうなっては遠慮していられないから、成子の部屋へ行って、ゆり起した。
「申訳けありません。オルゴールが鳴ってるのにカギがなくてはいれないのです。いつもの小卓の上に置いて下さったのでしょうね」
「ええ、そうよ」
成子はムッツリ答えた。成子は機械と同じように習慣的に行為する人であった。たとえば勤務を終って出るとき肩を並べて一しょにドアをくぐっても、ハイ、と云ってカギを手渡さずに、小卓の上へ黙ってカギを置いて行く人であった。そして、その習慣を忘れることが考えられない人であった。
「カギがなくなったの?」
成子の目の色は深かった。彼女も何か思い当ったような目の色だった。
「盗まれたんだわ。思い当ることがあるの。朝の八時ごろオトメさんが押しかけてきたのよ。旦那様が今日殺されるお告げがあったからですッて。そして、死神おとしの変なオイノリをして立ち去ったのよ。オトメさんの手は小卓の上をクネクネと舞っていたけど、私はそのときカギのことは考えていなかったの。私は今朝からカギを注意したことがなかったのです。自分でカギをあけてお部屋へ出入する必要もなかったから」
「誰だって必要のない物には注意を忘れがちだわ」
と、成子は軽くうなずいて言った。
「オトメさんがカギを盗んでも病人の前でオイノリするぐらいでしょう。一度使って気がすめば返してくれるでしょう」
成子はこう笑って、この問題にケリをつけた。話題を転じて、質問した。
「織物の行商人は何しに来たの?」
「私は別室にいたから分らない」
「たしかに変ったことがあったと思うな。私がここへ来ての三年間に、今日だけがいつもと変りのあるたった一日だったから」
「何が変っていたの?」
「今日一日だけ、病人の心が浮き浮きしていたのよ。私はハッキリ認めたのよ」
ナミ子は同感とまでは行けなかった。そんなに浮き浮きしていたろうか。ナミ子は変りが思いだせなかった。だが、黙々たる来訪者はいくらか変っているかも知れない。行商人なら、お喋りが普通だろうに、とにかく石地蔵ではないことが分る程度にしか喋らなかった。あれでは反物がはけなかろうとナミ子は思った。
★
ナミ子が控えの間へ戻っていると、大伍が来た。ナミ子がせきこんでカギの報告をしたが、大伍は動じなかった。
「誰がカギを盗んでも大したことは起らない。え? 兄貴は十一時に目をさましたかい。今が十一時半だね。また眠ってしまったらしいな。今さら慌てて、ヘイ、御用は? と駈けつけることはない。とにかく習慣とちがったことをやったから、目をさませば戸惑って、一応オルゴール
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