夕食したりで、なかなか現れてくれない。まず現れたのは川田であった。
「病人はまだおやすみだって?」
「お食事が冷くなってしまったわ。お昼食もお夕食もまだなんです」
川田のあとからそッとついてきたらしいオトメが叫んだ。
「大変だわ。神様のお告げの通りよ。きッと悪いことが起っています。どうしましょう。心配でたまらないわ。ホラ、胸騒ぎのすること。さア、大変。ナム、クシャクシャ」
ナミ子は思わずカギを握って立ち上った。なるほど様子が変だった。もっとも、ナミ子は助手にすぎないから、オルゴールの合図がなければ病室へはいることはまずなかった。だから病人の寝ている姿を見たことはめったにない。けれどもこの一日のことを全部綜合してみると、何から何までいつもと変っている。別に大そうな変りではないが、ガラリとふだんと違うことは確かであった。
ナミ子が燭台をもって歩きだすと、川田とオトメもついてきた。ナミ子は燭台をかざして、一風変った寝姿を人々に示した。毛布をかぶっている。しかし、背中をまるめて俯伏しにねていると思ったのはマチガイだ。セムシだって、こんなに背中はとがるまい。ナミ子はその異状に気がついた。と、同じことを見てとった川田が毛布をつかんで、そッとあけた。顔色が変った。
「ヤ。ヤ。血だ。アッ。殺されている!」
懐剣が病人の背中をブッスリ突き刺しているのだ。全作は冷くなってことぎれていた。七時三十五分であった。
★
翌日一日、警官たちが二階でごッた返していた。家族は下の小部屋に閉じこもって、わが家を占領した人々の乱暴な動作に呆れていた。この家でこの荒々しい動作が可能だということすらも人々は今まで考えたことがなかった。人々が鉄工所の中や工事場でしているような動作が、このキチンとした家の中でもやろうと思えばできるらしい。
人殺しだって、こんなに思いきった荒々しい動作でやりやしないだろう。
我慢しかねて抗議したのは、この家の者ではなくて、見舞いに来てくれた川田であった。もっとも彼は発見者の責任もあった。
「広間の陳列品は日本の一流の美術品だから気をつけて下さいよ。骨董屋の店先に並んでいるピカピカしたガラクタとは物がちがう。一ツでも、何万、何十万という珍品ぞろいだ。この品物と一しょにいると、品物が持主を殺したがるに相違ない。品物の面魂《つらだましい》を見てご
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