穴を掘らせる手段であった。そこで定助を殺すために。しかし、定助が古墳の中で穴を掘るには定助がそれを納得するだけの理由がなければならない筈です。そこはオーカミイナリの子孫が自分の祖神のミササギであると称している聖地です。もしもそのミササギの穴の下から一ツでも盗まれた金箱が出たとすれば、それによって本当の犯人の一生は泰平無事を約束される結果になるかも知れません。たぶん定助はそう信じて穴を掘りつつあったのではありますまいか。盗みにでかける時の定助は野良着に着かえて出かけるような人目にたつことはしませんでしたが、その日に限って野良着などを着て出たのは、いつ誰が埋めたか分る筈のない金箱を埋めるのだから、その日という日附が後日に至って重大になるとは考えられなかったせいでしょう。彼は野良着で悠々と出て行きました。往復六里の野良道を歩くのには、夜とは云え、野良着の方が人の怪しみをうけないという考えもあってのことかも知れません。土蔵破りに相棒があったとすれば、彼を殺したのもその相棒にきまっています。なぜなら彼は穴を掘りつつある時に殺されたが、埋めるべき何物もそこに置き残されていなかった。彼の相棒ではない人物が彼を殺したのなら、埋める品物が何であるか知ることによって、彼の相棒の名が分るかも知れないし、相棒の存在が分らなくとも、彼の遺族が狙われたでしょう。たぶん彼の家にあるだろうと狙いをつけるにきまっている金箱のために。しかしそんなことよりも手ッ取り早く確実に犯人が誰であるかを物語っているのは、土蔵破りの場合と同じく神の矢が用いられたということで、そのように前もって神の矢や猿田の面の手筈をととのえ得るのは、その日定助がそこで穴を掘ることをあらかじめ知っていた人物でなければなりません。つまり彼の相棒以外に犯人を考えることは不可能なのです。オーカミイナリの祖神のミササギに金箱を埋めることは定助を納得させるに充分な理由があったでしょうが、そのミササギの中で定助を神の矢で殺すことは、相棒の口を永遠に封じると同時に土蔵破りの犯人をくらませる役にも立ち、定助殺しの犯人をもくらます役に立つものでした。蛭川真弓がオーカミイナリの古文書を借り受ける役目を率先して買ってでたのは、そこに一ツのチャンスを発見したからでしょう。たぶん自宅を焼いて古文書を焼失したのも予定の行動でしたろう。二十二もある金箱を手中に入れた以上は、家を焼いたり、オーカミイナリに呪われたりして、誰にも疑われない口実をつくって故郷を立ち去り広い東京に移り住むに越したことはない。こう筋書を考えた上のことでしたろう。なぜなら、彼は古文書などに全く趣味のない実利主義者でした。他に然るべき目的がなければオーカミイナリの古文書などに打ちこむとは思われない人物であったからです。賀美村からオーカミイナリへ古文書を借りに行くのに、彼は従者をつれて一日で往復しております。彼の健脚は相当のものでしたろう。私にとっては一夜に往復して神の矢と猿田の面を盗んでくるのは容易ではありませんが、それでもこの季節に夜明け後の二時間ほど超過しただけでなんとか往復できました。地理に通じた彼がそれを楽にやりとげることは決して不可能ではありますまい。蛭川真弓は実に狡智にたけた悪党でしたが、晩年は倅に押されて愚に返ったようですね。私は蛭川家のオーカミイナリにイナリの神名と並んで今居定助明神と書いた板が裏返しに張りつけられているのを見出したときに、定助を殺した犯人は蛭川だろうと直感しました。オーカミイナリのタタリを怖れてのことなら、オーカミイナリの神名のほかに余計な名を書きこむようなことは何より怖れつつしむ筈だと思われるからです。しかも定助を私製の明神に仕立ててオーカミイナリと並記しているのですからね。よほどの理由がなければなりません。彼女は定助を神の矢で殺したのが、その矢を使うオーカミイナリではなくて自分の良人であることを承知しており、オーカミイナリのタタリよりも定助のタタリの方を怖れていたに相違ないと思われます。あのイナリは実は定助イナリ明神と言うべきであるかも知れません」
語り終って、新十郎は花廼屋に言った。
「あなたの推理は見事でした。もう一つ裏を返して、天狗の顔の神主以外の者が猿田の面をかぶって道中することも、そこに神の介在を考えさせ、探偵たちの考えが彼から遠ざかるという役に立つ手段であることを考える必要があったでしょう。しかし、とにかく、本格的な着想でしたよ」
花廼屋は喜色満面、いつまでも無言でニヤニヤ笑っていたが、虎之介はむくれて、これも口をきかなかった。
底本:「坂口安吾全集 10」筑摩書房
1998(平成10)年11月20日初版第1刷発行
底本の親本:「小説新潮 第六巻第七号」
1952(昭和27)年5月1日発行
初出:「小説新潮 第六巻第七号」
1952(昭和27)年5月1日発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:tatsuki
校正:松永正敏
2006年5月23日作成
青空文庫作成ファイル:
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