ませんが、しかしその晩古文書を改めた人たちは、蛭川さんを除けば、とにかく好事家で、長年の間、村内のそういう物を好んで探しだして読み漁ってきた人たちなのです。で、その人たちの見たところによると、一見してニセモノで、村名なども今の文字で書いてある。和名抄《わみょうしょう》にでてくる古い村名でなく今の名や文字で記されているというヌカリのあるニセモノだったそうです。ですから天狗の強談判がはじまると人々は、蛭川さんにいたく同情したものですよ。しかし、身からでた錆で、それがついにはかほど大事に至ろうとは思いもよらなかったことでしょう。ウカツにイタズラはするものではありませんな」
「まもなく番頭の定助が殺されたのですか」
「では記録を調べてお答え致しましょう」
古老が記録を取り寄せてくれた。
定助が殺されたのは火事のあと一月ほど経ってからのことだ。殺された場所がオーカミイナリの古文書に祖神のミササギと称している古墳の中であった。背から胸へ神の朱の矢で射ぬかれてことぎれていた。フシギな場所で死んでいたが、さらにフシギなことには、彼はクワを握り、古墳の中で穴を掘っている最中に後方から射殺されたのである。どういうワケでそんなところに穴を掘っていたか、誰にも見当がつかなかった。そしてその後、定助の掘りかけていた小さな穴の四周を人々が大がかりに掘ってみたが、何一ツ現れてこなかったのである。
「誰云うとなく村の噂が語り合ったものですが、加治さんの土蔵から神の矢の主が持ち去った黄金がオーカミイナリの祖神のミササギと称するものの中に隠されているんじゃないかと推量した定助が深夜掘りにでたものではないかというのです。しかし、確かなところはむろん誰にも分りません」
「その古墳は定助の家の近くですか」
「いえ、いえ、はるか遠く離れております。先程も申上げましたように、蛭川さんや定助の住む賀美村は郡の一方のはずれで、その反対のはずれに当るオーカミイナリとは郡内で最長の距離があるのですが、その古墳は両者からほぼ中間に当っていて、定助の住居からもオーカミイナリからも大よそ三里あまりあるのです」
「黄金を盗まれた加治家の位置はどのあたりですか」
「それが古墳に近いのです。十二三町はなれていますが、加治家は古墳よりもその十二三町だけ賀美村の方角によっております。つまりオーカミイナリが加治家から黄金二十二箱を盗みだしても、二十二箱を一度に山までは運べないから、途中のミササギと称する彼らの聖地へ一応埋め隠しておいた、という風に定助が考えたのではないか、と村の者は推量してみたのです」
「黄金の盗難はいつごろでしょうか」
「ここに記録がありますが、蛭川家の失火焼失に先立つこと約一ヶ月です。すると、蛭川家の火事をはさんで、一ヶ月前と後に二回神の矢が現れた。先の一度は黄金を盗み、後の一度は人を殺した、ということになるのです。神の矢が現れたのは、過去にはこの二度しかなかったのです。約十五年の後に、今度は東京に現れたのですな」
「蛭川家が東京へ引越したのは?」
「それは定助の死後約三ヶ月ほどの後でした。大富豪とうたわれた蛭川家も事業好きの先代の時に大きく失敗を重ねて、昔のように豪勢な羽ぶりができなくなっていたのです。五ツの土蔵に一パイつまっていたという珍宝の数々も概ね人手に渡って、残ったのは概ねガラクタらしく、おまけに焼いた古文書の代償として、家宝の太刀やその他数点の重要なものをオーカミイナリに奉納したということです。それでも昔からの大富豪のことですから、引越しの荷物は大そうな数でしたよ。置き残したガラクタはまだ五ツの倉にある筈です」
「殺された番頭定助の遺族はどうしておりますか?」
「数年前に未亡人も病死しまして、一人息子の伊之吉というのが残りましたが、母の死後いずれへか行方知れず立ち去りました」
土地の古老もオーカミイナリについては多くのことを知らなかった。
新十郎一行は賀美村を去り、加治家の跡をすぎ、定助の殺された古墳も一見して、夕刻に太駄の里についた。ここが山のふところの最後の里だ。ここから街道をすてて山中へわけこむと、オーカミイナリがあるのだ。ここの里人に訊いてみても、オーカミイナリのことはよく知られていなかった。
「この里の者でオーカミイナリの信者も一名だけでましたが、信者になると山へこもりますので、そッちへ住みついてしまいましたよ。諸国から信者が集ると申してもごく少数で、この里を通って山へわけこむそれらしい人の姿を見かけるのは年に四五十人とのことですよ。阿久原の方からの参詣人はここよりも多いという話です」
これぐらいしか分らない。あとは天狗の本拠へ乗りこむ以外に手はなかった。
「いかなる魔人魔術が行く手に待ちかまえているか知れませんね。その折は、泉山さん、よろしく御
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