ったのです。加治さんの口からそれをお訊きになればお分りになるでしょう。私は計画をねり、三度も東京を往復して充分に成算を得た後に、彼が父を殺したように私が彼を殺しました。私は彼を殺したことが悪いこととは思いませんので、山人とともにここを去り、永久に山から山に移り住んで一生を終ります。たぶん私を捕えることは不可能でしょう。なぜなら、ある種の人間にとっては山は無限の隠れ家だからです。伊之吉より」
新十郎は一同を見まわして、
「彼がどうしてこの置き手紙を残して行方をくらますに至ったと思いますか」
「あんたが神の矢と面を盗んだからさ」
虎之介がいらだたしげに言った。新十郎は首をふって、
「とんでもない。私が神の矢と面を盗んだだけなら、盗んだことが誰にも分る筈がないではありませんか。あの自信たっぷりの妙な天狗は矢の数を改めてみる筈はないし、面の数はほとんど無数ですからね。彼が置き手紙を残して逃げた理由は、ほら、これですよ」
彼は小屋をでて戸を閉じてから、その戸の一点をさした。そこに何かの傷跡があった。
「私が盗みだした神の矢は二本です。そして、一本は、私が力一パイ投げつけてこの戸に突き刺して戻ってきたのです。さて、それでは伊之吉君のお説によって、加治さんの話をきいてみようではありませんか」
一同は加治の小屋を訪れた。新十郎が東京に起った神の矢殺人事件をのべて、伊之吉が残して去った手紙を見せると、老人は読み終って、なんとなく意外の顔だった。
「そうでしたなア。私の小屋が風で倒れた晩に彼の小屋に泊めてもらって語り合ったことはありましたよ。すっかり忘れていましたね。しかし私は別にあの男の父を殺した犯人の手がかりなぞを語ったとは思われないが、この手紙にあるように、土蔵破りの犯人が残して行った品であるとすれば、それは古ぼけた背負い籠ですよ。それはどこのウチにもありふれた品物で、犯人の遺留品だということは数月間気附きませんでした。土蔵の内部に捨てられていましたが、盗まれた金箱の位置から離れた片隅に放りだしてあったせいです。そして気附くのがおくれたから、この遺留品は村の人々にも知れ渡っていませんのです」
新十郎は満足で充ち足りてうなずいた。
「それでハッキリ分りましたよ。彼が父殺しの犯人をさとったのは、伊之吉のウチの背負い籠がなくなっていたことを良く記憶していたせいですよ」
「では
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