来あがるような定まった工程がある。それよりも多くも少くも造ることができないから、神事に用いる三十本の神の矢以外に余分のものは残らないようになっている」
「一度神事に用いた弓の矢を拾って射ることはありませんか」
「古来山上の神殿前から射出した神の矢はその姿を失うものとされている。真夜中に射る。神の矢の飛び去る姿はオレにすらも見ることはできない」
「今日までに本年度の神の矢が何本造られておりますか」
「十一本できている。あと六日すぎて十二本になる」
一同はできている神の矢を見せてもらった。神の矢は案外に無造作に土間の仕事場、つまり矢を造る工場らしい土間の一隅の木の箱の中に投《ほう》りこまれていた。
まさしく蛭川真弓を殺した朱の矢と全く同じものである。ヤジリは六寸ほどの鋭く尖った刃物であった。ヤジリをつくるための古風な製鉄の器具がその仕事場の主要な道具であった。
「矢の根も一度に一本しか造らない。まとめて造れば便利だが、古来の定めによって、一本の矢をつくるたびに一本の矢の根をつくることになっている」
矢の数を算えていた新十郎が訊いた。
「あなたは十一本の神の矢が造られていると仰有いましたね」
「そうだ」
「算えてごらんなさい。十本しか有りませんよ。記憶ちがいではありませんか」
「そんなことはない」
天狗も自ら算えてみたが、たしかに十本しかないので、また要心深い顔をした。
「ここに居る一人が、いま隠したのではないか」
「よく改めてごらんなさい」
彼は矢の箱に要心深くフタをしてから、一同を順に改めた。神の矢はどこからも現れなかった。新十郎は遠慮なく質問した。
「以前にもこんなことがあったタメシはありませんか」
「一度もない」
「矢の数は算えることがありますか」
「一年かかって三十本の神の矢ができるようになっている。多くも少くも造ることはできないのだ」
「現に一本足りないではありませんか」
天狗は返答しなかった。要心深く一同の顔を見廻しているだけであった。
一行は天狗に別れて山上のホコラへ行ってみた。ホコラの中は額や絵馬の代りに猿田の面でいっぱいだ。中へ納めきれないのが、外側にもたくさんぶら下ッていた。面は少しずつちがっていた。作者がちがうのだろう。自作の面を納める習慣だという。
新十郎が先に立って一同は岩づたいに谷の方へ降って行った。
「ほら。そこにも、ここに
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