同の身許はハッキリ致しておりますか」
「いずれも親元はハッキリ致しております」
「当家の財産状態はいかがでしょうか」
「大旦那の買いつけが事々にしくじりまして、かなり手痛い損失がつづいておりまして一応苦しくなっておりますが、まだまだ屋台骨はシッカリしておると見ております」
「このお店はいつごろの創業ですか」
「上京まもなくここが売りに出たのを買って開業しましたのが、たしか明治六年、開店の時から居りますのは私だけで、他の者はこの四五年間に新しく雇入れた者ばかりです」
「時々郷里から訪れる人がありますか」
「出身の地とは絶縁の状態で、取引の織元も隣りの秩父郡か、隣県の群馬栃木の人ばかりです」
「こちらから向うへ商用に往復致しておるでしょう」
「あの方面は私のほかに二人の係りの手代がおりまして、常に往復致しております」
「あなたは当日の夜は当家に宿泊されたでしょうか」
「いいえ。夜業を終えて九時ごろ帰宅いたしまして、そのまま寝てしまいました」
 新十郎は庭のイナリの前に立った。小さなありふれたオイナリ様である。扉をあけてみた。中はカラであった。しかし、中をのぞいた新十郎の目が光った。
「オヤ。これは何だろう? 昔からこうなっていたのだろうか? ここへ板を張りつける必要はなさそうだが」
 正面に五寸四方ぐらいの板が張られていた。特別な事情がなければ意外の念も起さずに見逃すのが自然であろうが、特に意味を考えてみると、理解に苦しむ板である。
 幸いイナリを作った大工が今も出入りしていることが分ったから、訊いてみると、
「左様です。それは初めからそのように作ったのです。奥様がこの板を持参致されて、これを正面中央へ打ちつけて下さい、と仰有《おっしゃ》いましたのでね」
 新十郎はイナリのホコラを解体させて、打ちつけた板をはがした。板の裏面に次のような二行の字が書かれていた。
「大加美稲荷大明神
 今居定助明神」
 今居定助とは、蛭川真弓と同様に神の矢で殺された先代の番頭である。
「殺された番頭と殺した神様がこのホコラに並んで祀られるのに一応フシギはないかも知れないが、板を裏がえしに張りつけておいたのはどういうワケでしょうね。とにかく現地へ赴いてオーカミイナリの本家について調べてみなければ全然見当がつきかねますよ」
 新十郎一行はその翌日旅にでた。

          ★

 今は賀
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