るまでは、オレたちを散々ガミガミ云やアがったよ」
「メクラが火事場へ駈つけたって、ジャマになるばかりじゃないか」
「ナニ、駈けつける道理があるかよ。オレと兄弟子はお茶をひいてたんだよ。火事だてえと、婆アの奴のドッタンバッタン慌てるッたらありやしねえ。おまけに、オレと兄弟子に庭へ穴をほれと云やアがる。火の粉が降ってくるのに、穴なんぞ掘れるかよ。穴が掘れてないてんで、今の今までガミガミよ」
「ちっとも掘らねえのか」
「掘らねえとも。庭ッたッて、ここんちにゃア便所のまわりに猫の額ほどのものがあるだけじゃないか。そんな臭い土が掘れるかよ。なア、角平あにい」
 角平はフトンをひッかぶッて寝ていたが、
「真夜中に、むやみに話しかけるんじゃないや」
「オヤ? 隣りの部屋にイビキ声がするじゃないか」
「化け物婆アの甥の松之助よ。川向うから火の手を見て、火の消えたあとへ素ッとんで来たのよ。忠義ヅラする奴だ」
 と、ませた口で吐きすてるように言ったのは稲吉だった。
 松之助はオカネの妹の子供であった。お志乃のムコにどうかと云って、妹がしきりに姉に働きかけている若者であった。
 ところが、オカネ婆アはなかな
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