吉は、若いながらもこんなサグリにはかからない。
 その上、商法上のカンと要領が生れながらに発達しているから、上客を知りわけてサービスよろしく可愛がられるコツも心得ており、よその流しアンマの何倍もオトクイがあるのである。しかし上トクイがタクサンあるということなぞはオクビにだしたこともなく、稼ぎの半分は師匠にかくして使っているが、殆ど見破られていないのである。
 このように要領のよい稲吉だから、心の中では兄弟子どもをことごとく甜《な》めきッていた。オレは十八、お志乃は十九。別に奇妙な組み合わせではない。角平だの弁内なんぞがオレをおいてお志乃のムコになれるものか、と内々思いこんでいた。
 ところが、ちかごろ風向きが変ってきた。
「腕がよくッて、気がやさしくて、利口で、広い東京にも二人と見かけることができないような若いアンマがいるが、お志乃のムコにどうだい」
 と云って、話を持ちかけてきた人がある。オカネと銀一が会ってみると、なるほど気立てのよいメクラだ。そして、腕もよい。
「腕と云い、気立と云い、顔かたちと云い、人品と云い、ウチの唐変木どもとは月とスッポンだよ。ウチの野郎どもときたひにゃア、どうしてこう出来損いが集りやがったのだろう」
 と、まずオカネがことごとく気に入った。そしてこのムコ話がだんだん具体化しつつあった。
 三人の弟子のアンマはよそのトンビに油揚をさらわれそうになったので驚いたが、お志乃と松之助はもッと困った。なぜなら、お志乃と松之助は良い仲になっていたからである。
 松之助の背後には母親がついている。母親がアイビキの指図をして、二人に智慧をつけているから、さすがのオカネも銀一もまだこのことには気がつかないが、松之助よりもむしろお志乃が熱くなっていた。
「メクラと一しょになるなんて、思ッてもゾッとするよ。ねえ、松さん。どうしたら、よかろうねえ」
「なんとか、ならねえか」
「なんとか、しておくれよ」
 と三ツの目玉を見合わせても、この二人には良い智慧が浮かぶ見込みもない。
 この晩も、旦那のところを早目に切りあげたお志乃が松之助とアイビキ中にジャンときた。火が消えてから二手に分れて、二人は何食わぬ顔、松之助の奴は、
「ヘイ、火事見舞いでござい」
 と図々しく、ついでに義理を果して、オヤ御苦労さん。おそいから、泊っておいで、と寝床をしいてもらい、奴めアイビキで疲れているから、良い気持にグッスりねこんでいるという次第であった。
「こんなウチは火事に焼けちまえばいいのに」
 と、弁内は呟きつつフトンをひッかぶり、
「長居は無用だ。この土地にゃア話の分る後家も芸者もいやしねえ」
「テメエの話は人間のメスには分らねえよ。北海道へメス熊の腰をもみに行きな」
 角平がねがえりをうって吐きだすように呟いた。

          ★

 なま暖い晩だった。長い冬が終ろうとして、どうやら春めきだしたころ有りがちな陽気。
「今晩は火事があるぜ。コタツでウタタ寝しちゃアいけねえよ」
 銀一が呟きのこして出ようとすると、
「ナニ云ってやんでえ。テメエのコタツを蹴とばしてお舟の股ぐら焦すんじゃねえや。ゲジゲジの唐変木め」
 オカネが怒鳴り返した。銀一はそれにはとりあわず、車にのって去った。患者からの迎えであるが、むろんそのあとでは必ず妾宅へまわるのが例であるから、出がけにこれぐらいのヤリトリは無事泰平の毎日の例にすぎないのである。
 銀一をのせて患家へとどけた車夫の太七、カラ車をひいて戻ってきて、待っていたお志乃をのせて去る。浜町の伊勢屋から昼のうちにお約束の口がかかっていたのである。伊勢屋の隠居はお志乃の旦那の一人であった。
 オカネは出ようとするお志乃の後姿に向って、
「一日二十四時間、夜も昼もアンマにゃア働く時間なんだ。一晩に旦那を一軒まわりゃア用はねえと思ってやがる。旦那なんて丸太ン棒はテイネイにさするんじゃねえや。いい加減にきりあげて、さッさと帰ってこい。テメエから身を入れてさすってやがる。助平アマめ」
 貧乏徳利の冷酒を茶ワンについでグイとあおりながら当りちらしている。これがオカネの唯一の人間なみのゼイタクだが、オカズはいつもオシンコだ。
 そこへ表の戸を叩いて、
「今晩は。オヤ。暗いね。もうおやすみですか」
「アンマのウチはいつも暗いよ。チョウチンつけて歩くアンマは居やしねえや」
「石田屋ですけど、弁内さん、いますか」
「弁内! いるかとよ!」
 オカネの吠え声に、二階の弁内、ドッコイショと降りてくる。
「石田屋さんだね」
「ええ。すぐ来て下さいッて」
「お客さんは、誰?」
「いつもの足利の人ですよ。ほかにもお願いしたい方がいるそうです。お願いします」
 と、商人宿石田屋の女中は帰って行く。弁内は二階で着替えながら、
「どうやらお
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