るまでは、オレたちを散々ガミガミ云やアがったよ」
「メクラが火事場へ駈つけたって、ジャマになるばかりじゃないか」
「ナニ、駈けつける道理があるかよ。オレと兄弟子はお茶をひいてたんだよ。火事だてえと、婆アの奴のドッタンバッタン慌てるッたらありやしねえ。おまけに、オレと兄弟子に庭へ穴をほれと云やアがる。火の粉が降ってくるのに、穴なんぞ掘れるかよ。穴が掘れてないてんで、今の今までガミガミよ」
「ちっとも掘らねえのか」
「掘らねえとも。庭ッたッて、ここんちにゃア便所のまわりに猫の額ほどのものがあるだけじゃないか。そんな臭い土が掘れるかよ。なア、角平あにい」
角平はフトンをひッかぶッて寝ていたが、
「真夜中に、むやみに話しかけるんじゃないや」
「オヤ? 隣りの部屋にイビキ声がするじゃないか」
「化け物婆アの甥の松之助よ。川向うから火の手を見て、火の消えたあとへ素ッとんで来たのよ。忠義ヅラする奴だ」
と、ませた口で吐きすてるように言ったのは稲吉だった。
松之助はオカネの妹の子供であった。お志乃のムコにどうかと云って、妹がしきりに姉に働きかけている若者であった。
ところが、オカネ婆アはなかなかウンとは云わない。それどころか、せせら笑って、
「松之助は手に職があるかえ?」
「だからさ。私が甘やかして育てたばかりに、手に職がないから気の毒なんだよ。ここの養子になれば、大勢のアンマを使って、ちょうどいいじゃないか。指図ぐらいはできるじゃないか。目があいてるし、手も書けるよ」
「ウチのゲジゲジにひッぱたかれるよ。指図ぐらいできるたアなんだい。お志乃だって、片目があるし、手も書けらア。ウチのゲジゲジは働きのない人間ほどキライなものはないてんだよ。私がウンと云ったって、ウチのゲジゲジがききやしねえ。私にしたって、ゲジゲジに頭を下げてまで、ウスノロをムコにもらいたかアねえヤ」
「ちょッと! 松之助はウスノロじゃアないよ。目から鼻へぬけたところだってあるんだよ」
「よせやい。ぬけたところも、とは聞きなれないね。一ヶ所だけ目から鼻へぬけたてえ人間の話はきかないね」
「じゃア、なにかい。手に職をつけたら、松之助をもらッてくれるね」
「私ゃ知らないから、ゲジゲジに相談しな。ゲジゲジがウンと云やア、私や反対しないよ」
むろん銀一がウンと云う筈はない。アンマのウチはアンマがつぐにきまったもの、と
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