から、いろいろきいたが、敵はメクラだから、要所要所は一ツも知らないねえ。ちょうど人殺しの時刻には妙庵先生をもんでたそうだ」
「そうでしたねえ。その帰りにウチへ寄ったんだそうですよ。三時間の余ももませやがったとブツブツ云ってましたがね。その晩は妙庵先生の代診の仙友がウチへのみに来てるんです。仙友の奴、アンマに先生の肩をもませておいて抜けだすのだそうで。先生はアンマにかかると高イビキでねこんでしまう。そこで、あとはアンマにまかせて抜けだす。患者のウチから迎えがくると、今日はアイニク先生は不在でとアンマに断り口上を云ってもらう。その約束だから、アンマは仙友の奴が一パイキゲンで戻ってくるまで先生をもんでいなきゃアいけないそうで。仙友の奴はその晩ウチの女中にふられやがったもんで、中ッ腹で十二時ごろどこかへ消えてしまやがったが、ウチの女中もその晩、男とドロンでさア」
 話がさッぱり分らない。
「仙友とここの女中がドロンかい?」
「いえ、そのとき情夫《イロ》が店に来ていたもんで、仙友はふられの、女中はそのまま男とドロン」
「ふられの、ドロン? ふられた方がドロンじゃないのか?」
 新十郎はふきだして、立上った。
「私はお酒がのめない気持になったから、ちょッと頭をひやして来ますよ」
 と外へでた。一時間ほどすぎて、新十郎は戻ってきた。まもなく古田も現れたから、一同そろってオデン屋を出た。
「古田さんの方は、どうでしたか?」
「石田屋の主人にたのんで、幸い隣室が空いていたから忍ばせてもらいましたが、やっぱり仁助はあの晩の様子がききたいのですねえ。根ぼり葉ぼり訊いてましたが、相手がメクラのことですから、仁助の知りたいところに限って弁内がまったく不案内というワケなんです」
「たとえば、どんなところが……」
「たとえば、オカネは燈りをつけてねていたか。ふだんは燈りをつけているか。その晩は燈りがついていたか」
「わかりました」
 新十郎はうなずいたが、その目は驚愕のために大きく見開かれていた。
「実に天下は広大だ。怖しいものですよ。一足おくれれば……」
 彼は何事かをはげしく否定するように首をふって口をつぐんだ。やがて気を取り直して、
「私は妙庵先生のところで、オデン屋のオヤジの言葉が正しいのを確かめてきましたよ。仙友さんは仲々うまい抜けだし方をあみだしたものだ。あの方はアンマのくる日でなけ
前へ 次へ
全23ページ中17ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング