やわらかく、シンミリと。これが先生のおもとめのモミ療治で。持病がお有りですから、特別のモミ療治を致すようで」
石田屋へ行った。弁内を呼びに行った女中が答えて、
「アンマをよんでくれと仰有《おっしゃ》ったのは、足利の仁助さんというチョイチョイお見えになる方です。お泊りの時はたいがい弁内さんをお名ざしで呼ぶのです。仁助さんのあとで、もう一人の方をもみましたが、このお客さんはこの日はじめてお泊りの大阪の薬屋さんとか云ってた方です。アンマをよぶなら後でたのむとお約束して仁助さんの済むのを待ってもませたのです。二人とも堅い肩でめっぽう疲れたと弁内さんはコボシていましたよ。ちょうどお帳場に残り物のイナリズシがあったから、弁内さんはそれをチョウダイして、帰りました」
これもアリバイはハッキリしていた。
流しの稲吉にもアリバイがあった。彼は十時ごろ清月というナジミの待合へよびこまれて、十時から十一時ごろまではお客を、十一時から一時ごろまでは待合の主婦をもみ、夜泣きウドンを御馳走になって帰った。
「あのアンマは小僧ながらもツボを心得ていて、よく利くんですよ。チョイチョイよんでやるもんですから、とてもテイネイによくもんでくれます。帰りがけにウドンやオスシなど食べさせてやりますから、それを励みに心をこめてもんでくれるんですよ。子供は可愛いものですね」
と、稲吉はここで大そう評判がよかった。
お志乃のアリバイもハッキリしていた。伊勢屋に三時ごろまで居たことは確かであった。伊勢屋の隠居は正直にこう打ちあけた。
「私はアレに情夫《イロ》があることを知っていますよ。約束の時間を時々おくれたりして、ムリな言いのがれをするのです。しかし、あの晩だけはマチガイなくここに居ました。十時から朝方の三時ごろまで、私の相手をしていたのです」
銀一のアリバイはさらに動かしがたいものがあった。彼は警察の署長官舎へ招かれて、病気でねている署長の母をモミ療治し、そこへ出先からおそく帰ってきた署長が一ツたのむと云うので、これを一時ごろまでもんでいた。それから妾宅へ廻ったのである。
「流しの犯行ときまったね」
と、虎之介が軽く呟くと、新十郎は笑いながら、
「犯人はオカネをしめ殺したのち、フトンやアンドンを片隅へひきずりよせて、部屋の中央のタタミとネダをあげて、壺をとりだして金を盗んでいるのですよ。ほかのとこ
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