に喜兵衛が棺からとび起きて扉をあけて出てくる筈だが、錠をおろしてしまっちゃア、グアイが悪くないかなア」
 こう思ったのは花廼屋と虎之介だけではなかったろう。コマ五郎がふりむいて階段を降りると、その背後の扉に大きな錠がぶら下っているのが見えるから、二人は思わず顔を見合わせた。
「いよいよ、はじまりか……」
 火消人足はダビ所の正面をのこして三方をぐるりと包囲した。坊主の一隊が正面へ進みでて座を占め、再び読経がはじまる。終って、老師が引導を渡す。
「喝!」
 老師の大音声。武道の気合に似たものがあって、それよりも急所に力がこもったオモムキがあり、禅坊主の威風はこの一声にとどめをさす。が、一発の大砲のハラワタにしみる力にはとても勝てないな。
 この一喝を合図に包囲の火消人足がバラバラとダビ所の三方の縁の下にとりつく。この時代には珍しいポスポル(舶来の蝋マッチ)を用いて、一時に三方から火をかけた。
 モウモウと煙があがる。これを見ると参会者はにわかに緊張を通りこし、自分たちが火につつまれたように生きた心持を失って、思わず一心不乱に合掌して、
「ナンマイダブ。ナンマイダブ」
「ナムミョーホーレン
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