なく、彼がそれを混入したような証拠はない。
 ところが、密々の捜査につれて、意外なことが分ってきた。それは喜兵衛とトビの頭のコマ五郎とに並ならぬ深いツナガリがあることであった。
 意外にも喜兵衛には、他に一人の実子があったのだ。それも彼の結婚前に、女中にはらませた子供であった。
 喜兵衛はこの女中を熱愛していた。彼は結婚できなければ心中するほどの必死の思いであったが、それを諌めて思いとまらせたのが先代のコマ五郎であったという。
 この女中はいわゆる特殊部落の娘であった。そしてコマ五郎一家はその部落の一族を統率する首長でもあった。先代のコマ五郎は喜兵衛を諌めて、
「若旦那が私と同じような部落の娘を真剣に大切にして下さるお志は涙のでるほど有難いのですが、それだけに、若旦那の身のために私らが私情をはなれてお尽しせずにいられない志も見てやって下さい。私らと同じ生れの娘を女房になさると、山キのノレンに傷がつくどころか、世間が相手にしてくれませぬ。山キは一代でつぶれてしまう。御自分の色恋よりも先ず親孝行を第一に考えなければいけませんよ。ここは私にまかせてあの娘のことは死んだものとあきらめて下さい。
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