所に安置する。このダビ所はコマ五郎が輩下の大工を指図して年の暮から丹精こめて新築したもの。これに棺桶をおさめて火をかける。パッと火がもえあがったときにダビ所の扉を排して現れ出ずるは赤い頭巾にチャンチャンコ。生れかわった喜兵衛である。
これより葬式変じて還暦の盛宴となる。メデタシ、メデタシ、というダンドリだった。
こういう葬式だから、喪服の参列者が目につかないのは当然だが、その人々にまじって、ちょッと風俗の変った二人づれ。洋服のヒゲ紳士は花廼屋《はなのや》、珍しや紋服姿の虎之介。この二人がなんとなくシサイありげに同じ目的地へ向っているのである。花廼屋は野づらを吹く左右の風を嗅ぎとって、
「フム、近づくにしたがって、次第に匂うなア。神仏混合ハナの屋通人という通り、ハナが利くことではハナの長兵衛に劣らぬ生れつきだて。このハナが嗅ぎわけたところでは、もはや疑うところがない。今日は誰か殺される人があるぜ。一人かい? フム、フム。二人かい? フム、フム」
いつもならば必ず反撃の一矢を報いる虎之介が、花廼屋の言葉も耳につかぬていに沈々と思い余った様子に見えるのは、甚しく同憂の至りであることを表している。にわかに煩悶の堰が切れたらしく、
「ウム。ひょッとすると、三人か。チヨ女のおナカの子を加えると四人……」
物騒な計算をしている。が、これにはシサイがあったのである。
★
田舎育ちの通人が都風の粋な情緒に特にあこがれを寄せるのは理のあるところで、花廼屋は大そうな為永春水ファン。深川木場は「梅ごよみ」の聖地、羽織芸者は花廼屋のマドンナのようなものだ。そこで折にふれてこの地に杖をひき、すすんで木場の旦那にも交りをもとめて、文事に趣味もある喜兵衛とはかねてなにがしの交誼をもっている。
そこで彼は山キの内情とか、木場全体における山キの位置や立場などにも一応通じていた。特に山キの二人の孫が変死して以来は持って生れた根性がムクムクと鎌首をもたげて、多年の聖地に向って甚だ不粋な探偵眼をなんとなく働かせるに至っていたのである。
それというのが、山キの二人の孫の変死は他殺に相違ないからであった。それもよほど計画的な他殺であろうと彼は睨んでいた。
清作は病身で、家業に身を入れれば死期を早めるにすぎないようなものであるから、彼と妻子は本宅に住まずに、向島の寮に住んでいた。その近所には海舟の別邸もあり、そこには海舟の娘が住んでいたから、海舟もこのあたりの風土については心得もあるし関心も持っていたのである。三囲《みめぐり》サマ、牛の御前、白ヒゲ、百花園と昔から風雅な土地であるが、出水が玉にキズの土地でもあった。
その日、清作はふとなにがしの用を思いついて、珍しく深川の本宅へ顔をだした。実に珍しいことであったが、これを虫の知らせと云うのか、このために、彼とチヨは死をまぬがれた。さもなければ、彼とチヨも二人の子供と運命を共にして親子四名全滅するところであったろう。
彼の帰宅がやや遅れたので、いつものように四名一しょに晩の食卓をかこむことができなかった。子供たちの食慾は父の帰宅を待ちきれないから、チヨはせがまれるままに子供たちに食事を与えた。ちょうど京都の松茸が本宅から届いていたから、これを鯛チリの中へ入れた。父母に先立ってこれを食したために子供たちは落命したが、父母はイノチ拾いをしたのであった。
この松茸の中に、松茸と全く同じ形の毒茸がまじっていたのである。
この松茸は京都方面へ出張した若い番頭の二助が買ってきたものだ。喜兵衛は食道楽で、地方出張の番頭たちは必ず土地々々の季節の名物を買ってくるのが山キの家法のようなものだ。秋の季節の京都ならば松茸と、云わずと定まっているようなものであった。
二助は背負えるだけの松茸を背負って帰ってきたようなものであった。喜兵衛はこれを近隣へ進物し、向島の寮へも届けさせた。
ところが、ここに奇怪なのは、他家へ進物した中にも、本宅に残った中にも毒茸は存在しなくて、向島の寮へ届けた小量の中にだけ毒茸が混入していたのである。そこで、京都の松茸の売店も、それを買ってきた二助にも罪がなく、松茸の荷を解き、いくつかに分けて、向島へ届けるのはこれと定まってから、それが向島に届くまでの間に何者かが毒茸を入れたのだろうと考えられたが、それが手から手へ渡る途中には怪しい事実を確認することが全く不可能であった。
山キは喜兵衛の先代が秋田の山奥から出てきて築いた屋台骨であるが、したがって先代以来、ここの番頭は主として秋田生れの者を使っていた。
まず大番頭は、先代が秋田から連れてきた番頭の二代目で、重二郎と云う。元来、遠縁に当る家柄の者で、姓も同じ不破である。重二郎は当年三十七。これからが分別盛りで、手腕の揮いど
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