も知れないということは、まだ考えた者がなかった。そこに最初に目をとめたのは、新十郎であった。

          ★

 花廼屋と虎之介の心眼は直覚的に犯人はコマ五郎と見破ったが、その狙いあやまたず、コマ五郎の逮捕を見たから、ちかごろの警官もチョイとやるようになったなア、とアゴをなでつつ、帰京した新十郎に報告した。新十郎はきき終って、
「コマ五郎の輩下の者どもが、焼跡に誰かが死んでいると口々にフシギがって言い合ったのは、あなた方もききましたか」
「いえ。私らはきかないねえ。そんなこたア問題じゃアない」
「それを見た聞いたと云った人は、どんな人ですか。たとえば、女中、芸者。旦那衆……」
「そう。旦那衆も五六人、いたねえ」
「その旦那衆とは?」
「木場の旦那さ」
 新十郎はジッと二人を見つめて、
「山キの主人が頭をまるめ法衣をまとって棺桶にねてから、フタをとじて担ぎだしてダビ所に安置してコマ五郎が扉をしめ錠を下すまで、あなた方は目を放さず見ていたのですね」
「そこは、あなた、本日必ず事件ありとチャンと見ていた私らだねえ。参列者の最前列へでて、一部始終を寸刻も目を放さずに見てとりましたねえ」
「人の姿にさえぎられて、喜兵衛の姿があなた方の目を放れた瞬間は?」
「それは、あなた、十六人の坊主がとりまいてクルクルとまわる。五六十人の火消人足が棺桶をかついでダビ所へ送りこんで木やりを歌う。時には見えない時もあろうさ。だが喜兵衛はたしかに棺桶にはいりました。そのままフタを釘づけにしましたねえ。ここを見落すほどモウロクもしないつもりだが」
「棺桶の大きさは?」
「当り前の大きさだね。材木は上物だろうが、大きさは並より大きいものではない。喜兵衛はガッシリした身体つきだが、並以上の大男じゃアないねえ。再びロッテナム美人術の手口とのお見立てらしいが、二重底の仕掛けにだまされる私らじゃアないらしいようだなア。ハッハッハア」
 それから三日目。新聞の片隅に、重二郎の姿が見えないという記事を見て、新十郎は花廼屋と虎之介をさそい、
「重二郎の姿が見えないそうですが、探しに行ってみませんか」
 こう云われて二人はにわかに思い入れよろしく、
「そこだよ。私もねえ。当日ここをたつ時から本日の被害者は一人じゃないと見ていたね」
 三名は本宅を訪ねて使用人一同にきいてみると、小僧の平吉と半助が、
「番頭さんは葬式の前日の午後二時ごろ向島の寮からの使いが来て、そッちへ出むいたようです」
 というのが、本邸で最後に彼の姿を見たという者の言葉であった。
「使いの者を覚えているかね」
「寮の車夫の房吉ですよ。番頭さんはその車にのって出かけました」
 喜兵衛が死んでから、清作が本邸へつめているというので、新十郎は面会をもとめ、
「突然妙なことを伺うようですが、父上の御遺言はありましたか」
「いえ。覚悟の自殺ではないようで、別に遺言はございません」
「父上の落しダネと名乗って当家へユスリに現れた者はございませんか」
「そういう話はついぞ聞いたことがございません」
「大番頭の重二郎は父上の信用がありましたでしょうか。本当のことを打ちあけていただきたいのですが」
「特に信用があったとは思われませんが、先代が当家の基礎をかためてくれた忠義一徹の番頭で、その子ですし、私の死んだ姉の聟に当る者ですから、他人ではありません。信用のあるなしというよりも、身内ですから」
「信用はなかったが、身内だから、仕方なく使っていたという意味でしょうか」
「いえ。ただ身内の者だと申す意味です」
 清作はやや顔をくもらせて、吐きすてるように呟いた。
「すると、重二郎の子供が御当家をつぐのでしょうか」
「いえ。私の家内が身ごもっておりますから、生れた子供が男なら当然私のあととりですが、女であっても、ほかに子供が生れなければ聟を迎えて後をつがせるつもりです」
「聟は重二郎の子供?」
「イトコ同士はいけません。同業者の子供からでも聟を選ぶことにしますか。とにかく、生れてみた上の話で」
「コマ五郎は当家に恨みがあるのですか」
「いえ。とんでもない。先代のコマ五郎以来、当家の無二の忠臣で、父を殺すワケがあろうとは思われませんが」
「コマ五郎輩下の土佐八の倅の波三郎という者を御存じですか」
「土佐八はコマ五郎が目をかけている一の輩下ですから、彼とその子の波三郎だけはコマ五郎同様板の間まで上って挨拶できることになっております。それでコマ五郎輩下では土佐八と波三郎だけ見知っております。口をきいたことはありません」
 そこで清作との話をきりあげて、幸い寮の車夫の房吉が清作を迎えにきて待っているから、これに会った。
「葬式の前日、重二郎を迎えにきて寮へ案内したのはお前だったね」
「へえ、左様で。大旦那の言いつけで」
「重二郎
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