なく、彼がそれを混入したような証拠はない。
ところが、密々の捜査につれて、意外なことが分ってきた。それは喜兵衛とトビの頭のコマ五郎とに並ならぬ深いツナガリがあることであった。
意外にも喜兵衛には、他に一人の実子があったのだ。それも彼の結婚前に、女中にはらませた子供であった。
喜兵衛はこの女中を熱愛していた。彼は結婚できなければ心中するほどの必死の思いであったが、それを諌めて思いとまらせたのが先代のコマ五郎であったという。
この女中はいわゆる特殊部落の娘であった。そしてコマ五郎一家はその部落の一族を統率する首長でもあった。先代のコマ五郎は喜兵衛を諌めて、
「若旦那が私と同じような部落の娘を真剣に大切にして下さるお志は涙のでるほど有難いのですが、それだけに、若旦那の身のために私らが私情をはなれてお尽しせずにいられない志も見てやって下さい。私らと同じ生れの娘を女房になさると、山キのノレンに傷がつくどころか、世間が相手にしてくれませぬ。山キは一代でつぶれてしまう。御自分の色恋よりも先ず親孝行を第一に考えなければいけませんよ。ここは私にまかせてあの娘のことは死んだものとあきらめて下さい。あの娘のためにも、オナカの子供のためにも決して悪いようにははからいません」
と真心をもってコンコンと説いた。そしてついに喜兵衛の決意をひるがえさせ、娘と子供の始末については、悪いようにはしないから何も聞いて下さるな、知って下さるな、と堅い約束を結ばせた。
いったん密約すればあくまで義理堅いこの社会であるから、喜兵衛にも分らぬように行われた恋人と子供の処置がどのようになったか、まったく外部には分らない。いまのコマ五郎はほぼ喜兵衛と同年配だが、その長男のコマ市が、喜兵衛の子供ではないかという説もある。別に証拠があるわけではないが、義理を重んずる社会のことであるから、悪くははからわぬと堅く約束した以上、この社会で最高の首長の家に育てられるのが穏当の処置とみての想像であった。ちょうどコマ市が似た年頃のせいもあった。
また一説では、コマ五郎の輩下筆頭の土佐八の女房となった者が昔の喜兵衛の恋人で、長男の波三郎がその子供ではないかとも考えられていた。というのは、土佐八は先代のバッテキをうけて、にわかに重く取り立てられたが、それは他人の恋人と子供を押しつけられて養育を託された理由によるのではないかという想像によるのであった。すべては想像で、確証はない。
警察がこれを探り当てたのは、船頭舟久によるのである。舟久はすすんで秘密をうちあけて、
「私がこんなことを打ち開けるのは、先代のコマ五郎にカリがあるからでさア。先代には恩義をうけましたなア。キップのいい男だった。恩人が隠したがっていたことを打ち開けるのは悪いようだが、今となっては、そうではありますまい。あの時は隠す必要があったが、今はそうじゃないねえ。放ッときゃア、誰か悪党が山キの子孫を根だやしにして、山キの屋台骨を乗ッとるか、叩きつぶすかしようてえ悪企みがあるところが、山キには、世に隠れた子孫があって、これにコマ五郎の息がかかっているてえことが世に現れてごらんな。悪企みをやってるのがどこの悪党だか知れないが、これが世に現れると、コマ五郎が相手じゃアちょッと山キを叩きつぶすのは容易じゃない、やめとこう、ということに気がつきやしないかねえ」
これが舟久が秘密を打ちあけた言い分であった。この舟久はすでに八十に手のとどいた老人で、先代のコマ五郎という人物が生きていれば、ちょうどこの年配に当るのかも知れない。
だが、舟久がこう云ってすすんで秘密をうちあけたときの目つきを見ると、この老いぼれも曲者だぞ、と気のつく者もあった。八十すぎの老いぼれだってモーロクジジイとは限らない。他のことには枯れて邪念のない心境になっていても、一生深く根を結んでいるこれ一ツという妄執だけは益々深まって、その妄執の鬼のようなジジイができあがることはあるし、モーロクして世間への気兼ねを失うにつれて悪企みだけは益々誰に気兼ねもなくマムシの巣のようにもつれた妄執でこりかたまったジジイも居るものだ。
舟久の言いたてている表向きの理窟にはおよそ信用できないぞと気づいた人は少くなかった。ひょッとすると、コマ五郎一家に根の深い恨みがあって、喜兵衛の隠れた長男がコマ五郎の手で処置されたという秘密を知らせる目的は、山キの孫を殺した犯人が世間の知らないところに居る。コマ五郎一家というちょッと手のつけにくいところに秘密がある。そこを探せ、という謎をかけているようにも思われた。
ともかく、喜兵衛には結婚前にできた長男があったという意外な事実が判ったことは収穫であったが、実はそれによって謎が深まるばかりで、一向に謎をとくことができない。その隠し子が誰であるか
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