計なことを考えちゃアいけないぞ」
こうトビの者に言い渡し、
「しかし、殺された者がないのに犯人ができちゃア困るが、またコマ五郎の奴め、なんだって自分で助けに飛びこむフリをしなかったのかねえ。気のきかねえ野郎だ」
「自分でとびこむと、山キの旦那でない人を連れて出なくッちゃアなりませんから。火消の親分が人を救いにとびこんで手ブラで生きて戻るわけに行きません。まして、恩義ある旦那ですし、自分で火をかけた仕事ですもの、旦那は覚悟の自殺だから諦めろ諦めろと云って、ヨボヨボの老師に飛びこみ役を引き受けてもらう必要があったのです」
そうであったか、という深い感動が溜息となって諸方から起った。
「コマ五郎を助けるためには、この建物を用いて、もう一度実験をやるとよろしいでしょう。警察の人々をまねいて今度は本当に火をかけて実験をやるのです。コマ五郎は訊問に答えて、扉の錠は内へチョットひくだけでクギが外れて落ちるほど浅く仕掛けておいたものだと申しました。ところが二枚の扉は錠が外れないために蝶番いが外れて倒れました。たしかにツジツマが合いません。そのために殺意ありと疑われたのです。そこでコマ五郎を助けるには、浅く錠を仕掛けても錠が外れずに蝶番いの方が外れて倒れる場合もあるという実験をしてみせればよろしいでしょう。その仕掛けはそうメンドウではありますまい。蝶番いの方にちょッと策を施せばよろしいでしょう。手の職に覚えの皆さんにヌカリはありますまい。それから、これは蛇足ですが、かの室内の人物は、夜中に来て夜中に立ち去る習慣だそうで、彼の人物の退去まであすこに近づかないことに致した方がなんとなくよろしいようです」
そして新十郎は一同に別れを告げた。
帰りの道々、花廼屋は、
「間のわるい時は仕方がないものだねえ。ちょッとひくと外れるように浅く仕掛けた錠が外れずに、蝶番いの方が外れるとは」
「浅く仕掛ける筈があるもんですか」
と、新十郎はふきだした。
「まさかその揚足をとられて犯人になるとは思わずに口がすべったのでしょう。内から扉をひらいて出てくる人がいないのだから浅く錠を仕掛ける必要はなかったのです。むしろ事実はアベコベに非常に頑丈な錠をしかける必要があったのですよ。なぜなら前夜から人と屍体が隠されていたのですから。そこにまもるべき秘密があるために、錠の仕掛をアベコベにウッカリ口走ったのか
前へ
次へ
全35ページ中33ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング