った。
「かほどの大金を一時に握るほどの大胆な不正をはたらいているのに、長屋に毛の生えたような家作に住んで調度品に金目の物もなく、ヤモメ暮しのくせに浮いた話もなく、御近所の目にたつような派手なことが一ツもないというのは妙だ。どこかに豪奢な二重生活のアナがなければ話が合わないではないか」
当然この疑問が起って人々が調べてみると、予想たがわず彼の二重生活が現れてきた。女中のお加久という老婆の妹の娘お染というのが彼の二号で、すごいほど豪奢な別宅を構えていたことが分った。お染の伯母のお加久が重二郎の本宅の女中となって妾宅とレンラクし、サイハイをふるっているのだから、シッポがでなかったのはムリもない。
お染お加久らを訊問して重二郎の行方を追求したが、
「旦那の行方を知りたいのは私の方ですよ。あの物静かな旦那が悪いことなんぞ出来るものですか。お店のお金をくすねたなんて、人ぎきのわるい。山キの聟だもの五万十万のお小遣いを持ちだすのは長屋のガキが三文持ちだすようなものですよ。私のウチじゃアかけがえのない旦那だから、早く旦那を返しておくれ」
そう云うのもムリはない。つもりつもって、どれだけの大金をつぎこんだのか知れないが、妾宅の構えといい、調度類といい、ゼイタク三昧の暮しぶり。重二郎の行方を知りながら隠しているようではないから、取り調べがすむと釈放された。
新十郎一行も妾宅を訪問して、お染、お加久らと会見し、
「あなた方にとってはかけがえのない旦那だから御心配のことでしょうが、重二郎さんの行方不明についてはどのようにお考えですか。誰かが座敷牢へ閉じこめるとか、殺すとか……」
海千山千のカングリのはたらきそうなお加久の顔にも、座敷牢だの殺されるという言葉から、さしせまった反応は見られなかった。
「ほんとに旦那はどうしたんでしょうね。人の恨みを買うようなお方じゃなし……」
「大旦那に帳簿の不正を知られたというようなことで、御心配の様子は見えませんでしたか」
「とんでもない。山キの聟がお店の金を五万十万持ちだすのは当然ですよ。心配そうな様子なんぞ一度だって見せたことはありません。陽気で、気さくで、オーヨーな旦那ですよ」
「ほかに重二郎さんが身を隠しそうな御婦人は?」
「私が女中に附きそって旦那の身の廻り一切やっているのですよ。お店とお染ちゃんのところ以外に三十分寄り道しても私の目
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