ときのタドタドしい足どりとは打って変った素早さ。
「危い!」
 コマ五郎が後を追う。数名の坊主につづいて十名ちかい火消人足の一団が、
「危い! 危い!」
 連呼して、もつれつつ駈け上り、扉の前で押しひしめく。一かたまりの人むれに押されて、扉がドッと中へ倒れた。同時にドッとあおりたつ煙につつまれた。全てはまったく一瞬とも云うべき短い時間の出来事だった。
 煙に追われて一同は、ナダレを打って逃げ降りた。コマ五郎は老師をシッカと抱きかかえていた。それが「動」の終りであった。火に包まれた仁王様を「不動」とはうまく称《よ》んだもの。ダビ所はエンエンたる火焔につつまれ、はげしい不動の時間の後に燃え落ちたのである。もはや誰もどうすることもできない。ただ、見まもっているばかりである。棺桶の上には扉が倒れかかっていたが、やがて火焔につつまれて、全ては姿を没してしまったのである。
 喜兵衛は生きながら焼け死んだが、呻き声もきこえず、姿も見せなかった。そして、不動の悲劇のテンマツを二人の怪探偵もカタズをのんで見終ったのである。

          ★

 ここに、まず問題になったのは、火消装束に身をかため、まるでこの場にあつらえ向きに勢揃いのコマ五郎及び輩下の五六十名という夥しい人数が、手をつかねて燃えるにまかせ、死する喜兵衛をむなしく見送ったのはナゼかということであった。参会者の疑念は、そこに集中した。焼け落ちてしまってから、ようやく焼跡をほじくって、中央のまさに在るべきところから喜兵衛の焼屍体を探しだして茫然たるコマ五郎一党に向って、人々の怒りの視線はきびしくそそがれた。
 所轄の警察のほかに、急報をうけて駈けつけたのは深川警察の精鋭。かねて舟久の話によって、先代コマ五郎が喜兵衛の恋人と子供をひきとって然るべく振り方をつけてやったことまでは判明しているから、これは怪しいとまずピンときたのは当然だった。
 取調べの急所は云うまでもなくなぜ喜兵衛を助けださなかったか、という点である。コマ五郎は悪びれもせず、
「失礼ながら、先代以来特別の目をかけていただいたコマ五郎、旦那の気質は一から十までのみこんでるつもりです。こんな風変りの趣向をなさるからには、御自分の胸にたたんだ何かがなくちゃアいけませんや。コチトラが口をだすはおろか、指図もないのに手をだすことはできません。若旦那や坊ちゃん方が一
前へ 次へ
全35ページ中12ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング