かいで、向島の寮に居残り、重二郎は木場の本宅に留守を預っているから、この場へ姿を見せていない。清作と二人の孫は各々一本ずつ細い釘をうった。
いよいよ火葬場に向って葬列の出発であるが、そのとき火消装束いかめしく立ち現れた五六十名の一隊。コマ五郎の率いる当日の人足である。
老師の率いる坊主の一隊につづいて、火消装束の一隊が棺桶をとりまいて守り、ここより坊主は口をつぐんで、木やり音頭の行列となる。一族縁者、会葬者がそれにつづく。葬列は庭園をねり、庭の広場中央につくられたダビ所に到着したのである。
ダビ所は間口二間、奥行三間ほどの神社のような造りであった。(線画参照)床下の高さが一間の余もあるが、それは縁の下に薪をつめる必要のためだ。
葬列がダビ所の前で止ると、人足頭のコマ五郎がカギを持って進みでて階段を登り、扉を左右に押しひらく。火消装束の一隊が棺桶をミコシのようにかつぎこみ、安置し終って勇ましく木やり音頭、シャン/\としめて、安置の礼式は終りをつげる。人足退去。最後にコマ五郎が扉を元の如くに締めてガチャ/\と大きな錠をおろした。本当に錠をおろしたのだ。
「ハテナ? 火がまわってのちに喜兵衛が棺からとび起きて扉をあけて出てくる筈だが、錠をおろしてしまっちゃア、グアイが悪くないかなア」
こう思ったのは花廼屋と虎之介だけではなかったろう。コマ五郎がふりむいて階段を降りると、その背後の扉に大きな錠がぶら下っているのが見えるから、二人は思わず顔を見合わせた。
「いよいよ、はじまりか……」
火消人足はダビ所の正面をのこして三方をぐるりと包囲した。坊主の一隊が正面へ進みでて座を占め、再び読経がはじまる。終って、老師が引導を渡す。
「喝!」
老師の大音声。武道の気合に似たものがあって、それよりも急所に力がこもったオモムキがあり、禅坊主の威風はこの一声にとどめをさす。が、一発の大砲のハラワタにしみる力にはとても勝てないな。
この一喝を合図に包囲の火消人足がバラバラとダビ所の三方の縁の下にとりつく。この時代には珍しいポスポル(舶来の蝋マッチ)を用いて、一時に三方から火をかけた。
モウモウと煙があがる。これを見ると参会者はにわかに緊張を通りこし、自分たちが火につつまれたように生きた心持を失って、思わず一心不乱に合掌して、
「ナンマイダブ。ナンマイダブ」
「ナムミョーホーレン
前へ
次へ
全35ページ中10ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング