てきて、女主人と見なれぬ訪客との立話を小耳にはさんだ留守番の老人が独り言を呟くように口を入れた。
「慾のせいとも言えないねえ。皆さん用の寝台は形は小さくとも美しい飾があって、ふッくらとやわらかい絹フトンつきの寝台だが、大伴さまが二階の寝室へあげるのを手伝ってくれと仰有って、私が三本指の黒ン坊に手をかして二階の寝室まで運びこんだのは上から下まで木でできた箱のような寝台さ。外から見れば棺桶を何倍も大きくしたような薄汚いものだが、美人になりたい一心のために、あの棺桶に寝るという御婦人方の気持ばかりはおどろき入ったものだてなア」
「大伴夫人がその上で美人術をうけているのを見たかね」
「二階の寝室の中のことは、外からは分りやしねえ。私はロッテナム夫人が来てからも、昔通り自分の部屋に住むことだけは許されていたが、私の部屋と台所に自由に出入できるだけで、二階にも手術室にも黒ん坊の部屋の方にも行かれやしない。同じ軒の下に住んではいても、口一ツ利くわけでもなし、お早うを言うでもなし、ツキアイは一切やらず、美人術の連中が通る廊下をこの私は歩くワケにいかねえのだから、同じ軒の下でやってる筈の美人術のことなん
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