けだから、この罪人は無邪気であった申せますし、したがってその罪人の詐術を引き立てるに役立つようなこの洋館を貸してあげる家主の場合は、この上もなく無邪気な罪人に相当するにすぎないであろう。こう仰有る知人の言葉が気に入って、私はこの上もなく無邪気な罪人の家主になることを選びました。私は家賃をいただかなくとも、無邪気な家主の罪を犯す満足に浸るだけですました方がたしかに幸福でしたろう。私はそうするツモリでしたが知人が許さなかったのです。その知人は大そうお金持ですから、他人がみんな気の毒な貧乏人に見えるらしいのです」
「その知人は、もしや大伴シノブ夫人ではございませんか」
「まア、あなたは、どうして。……私はこの方の名を人に語ったことはついぞ一度だってなかったのに」
と、婦人は顔の色を変えたが、新十郎は彼女のおどろきがたちまち鎮まらざるを得ないような無邪気な様を示して、
「いえ、ただ今のお話中ににわかに思いついたのです。なぜなら、日本中で今もってロッテナム美人術を推賞していらッしゃるのは大伴シノブ夫人だけだということは世間で名高い話ですから。無邪気な罪と仰有る言葉を承るうちに、ロッテナム美人術
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