調べなどして、明日は新十郎を訪問しようという前日、朝食のあとで新聞をよんでいた通太郎は、にわかに顔色を変え、思わず大声で克子をよんだ。
「はやく、来てみたまえ。なんとなくフシギなことが新聞にでているよ」
 そして現れた克子にその記事を示した。それは他の読者にはやや意外なことに思われるだけで、それほど重大な意味があろうとは思われない記事であろう。だから大きく取扱われている記事ではないが、二人にとっては、たしかに見逃せない記事であった。
 隅田川の三囲《みめぐり》様のあたりの杭にひっかかっていた大男の水死人があった。
 ひきあげて調べてみると、多くのフシギなことが現れてきた。水死人ではなく、背後から拳銃で射殺されたものである。
 ところが着ていた洋服をはいでみると、奇怪なことが現れてきた。死人の露出していた額や手は日本人のような皮膚であるのに、洋服や靴の下では肌の色が黒いのである。しかるに、この肌の黒色も人工的に施されたもので、石鹸をつけてよく洗えば落ちる性質のものであることが次第に判明した。顔や手の色が黒色でなかったのは、死後に水につかっているうちに染めた黒色が落ちたためによるらしかった
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