に外へでると、
「お前に耳よりな口があるそうじゃないか。人間万事、人の持たない物を持つ方がいいらしいや。オッ。このハリガミだな」
と立ち止ってはみたが、この字の読める者がない。むろん一助も読めないのである。
ところが、カンカン虫の溜りへ行くと、どうやら横浜の諸方にこのハリガミがあるらしく、溜りの近所にもあるという。字の読める者も二三いて、
「なア。一助。このハリガミだぜ。頭髪のチヂレたる人入用。大男ほどよろし、とある。手金十円、後払い五十円。地方巡業一ヶ月の予定。日本壮士大芝居。ハハア。政治芝居の悪役かなア。一助に似合いの口だ。行ってみねえ」
どこへ行っても、寄るとさわると、ゴウバラな話である。
けれども、一助の予感の通り、その日の仕事にアブレたから、ママヨ、と考えた。とにかく、たった一月の巡業で六十円とは大そうな話だ。手金十円くれるというから、だまされても月に十円ならカンカン虫よりも悪くはない。
そこで字の読める男から募集者の所番地をきいて、本牧のチャブ屋街の中にあるTエンドK兄弟商会別館というのを訪ねて行った。
朝のおそいこの街はまだ半分眠りの中だが、めざす商会別館はさ
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