なおロッテナム美人術を信じその香料を身につくる者は大伴シノブ夫人のみなり、呵々、という新聞記事がもてはやされていたのである。
克子も婚礼前に、シノブ夫人にすすめられて、ロッテナム美人術へムリヤリ連れて行かれた。裸体で寝椅子にねる。いろいろの香料で洗顔し、全身の皮膚を洗い、最後に油をぬってマッサージして黒布で顔を覆い、全身を覆う。器に香料をたいて、これをささげた黒人の男と女が四囲をゆるやかに廻りつつ歩いている。そして香料の燃え絶えた時間の後に黒布をとりのぞき、油を去り、仕上げに薄く化粧して一日の手術を終る。これをくり返すこと五日または七日で全身皮膚なめらかにクレオパトラの如くに冴え、顔のシワを去り、霊水をたたえた如くにスガスガしく顔に精気がこもるという。
これがロッテナム美人術の広告の要旨である。ところが、高い金を払って五回七回くり返しても、シワがとれるどころか、かえって皮膚があれるばかりである。クレオパトラの玉の肌などとは途方もない大ウソである。たちまち人々に愛想をつかされてしまった。
このロッテナム夫人の売りつけた香水が「黒衣の母の涙」。はじめは高価を物ともせず、西欧かぶれの淑
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