して、
「私です。克子ですわ」
「いつ、来たのだ?」
「私と話を交してから一ねむりなさったばかり。お目がさめたばかりで頭がハッキリなさらないのでしょう。たった四五十分前のことですのに。私に、いつまでもここに居なさい、と仰有《おっしゃ》ったではありませんか」
宗久は思いだしたようである。けれども、どの程度に思いだしたか、怪しいものであった。宗久は真剣に考えている様子だったが、
「お前は結婚したと思うが、たしか、そうであったな」
「ええ。結婚しました。なんてむごたらしいことを仰有るのですか。たしか結婚した筈だろうなんて。克子のことは、他人の出来事のようにしか頭にとめてらッしゃらないのね」
「イヤ、イヤ。それを咎めてくれるな。オレが総ての物を疑らねばならないのは、誰よりもオレ自身にとって、これほど苦痛なことはないのだからなア。ところで、お前は誰と結婚したのだっけな」
「宇佐美通太郎です」
「そうか。たしかに、記憶している。お前の良人はどんな人だ。悪い奴だろう?」
「いいえ。お兄さまと同じぐらい、立派で正しい心の持主です。そして、勇気があります」
宗久はカラカラと空虚な笑声をたてた。
「オ
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