いうのが有って良いことであろうか。
もっとも、克子も一度は別に考えたこともあった。シノブの明るい生活流儀をはじめて見たとき、
「これが本当の生活だわ。いまにお兄さまも明るく幸福になるでしょう。利巧なお姉さまがきッとそうして下さるでしょう」
と考えた。けれども兄が同化する風がないので、一度は兄がいけないのだ、と思ったこともあった。
けれども女主人や侍女たちは兄を同化させようと努める風がなく、その離れるにまかせているだけではないか。
「むしろ突き放しているようだ」
と克子は思った。そして自分も次第について行けなくなり、頭が痛いとか、用があるとか口実をもうけて、自然に自分も女主人の食卓から遠ざかってしまった。もっとも、克子は己れの婚礼の準備に多忙でもあった。
彼女が生家に別れを告げるとき、兄の生活はこのように暗くいたましかった。
「可哀そうなお兄さま。私が立ち去ると、ひとりぽっちだけど、私が居ても、もはや、どうにもならない」
それが生家を立つときの克子の思いであった。別れる生家は実に暗かった。だが、新家庭には希望をもつことができた。そのために、いっそ兄の将来について暗く悲しく思い
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