いう小間使いがいる。それだけで宗久の一家族が構成され、まるでシノブや侍女にさえぎられて、克子はその奥へ気楽に踏みこみがたい感があった。次第にそこが他人の家になったように思われた。
 その彼方の一劃には、いつも女たちの明るい笑声がわきたち、音楽がかなでられ、訪なう客も絶えるとき少く、食卓は常に賑やかで長時間であった。
 克子は夕食の時だけその食卓につらなった。他の食事は時間が違っていたし、夕食としても克子の時間にはおそすぎたが、強いてそれに合わせるように努めていたのである。
 けれども女主人や侍女たちや訪客たちの明るい笑声の蔭に男主人の姿だけがだんだん暗く悲しく苦しげなカゲリを深め、いつも何かを逃げるような、逃げたいような哀れさの深まるのを見るにつけ、克子はそれを見る苦しさにも堪えがたかったし、それでなくとも、あまりに長くつづきすぎる談笑について行けなくなるのであった。
「私がヒガンでいるせいかしら」
 と克子は反省してみた。しかし、毎夜の食卓に、いつも他人が二人いる。それが宗久と克子の兄妹だ。大伴家の家風も、兄の生活の流儀もそこにはなく、当家の者が、己れの家の生活からハミだしてしまうと
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