らしい」
 ああ、兄上はやっばり狂ってらッしゃるのか。イヤ、イヤ。私がそう信じては最後ではないか。何か意味がある。それを判ってあげなければならないのが私の役目ではないか。克子は必死に悲しさをこらえた。
 宗久のウワ言のような言葉はつづいた。
「しかし、オレは一人しかない。そして、克子も一人しかいない。この部屋には、オレが一人、お前が一人しかいない。そして、一人しかいない人間は正しく、信じるに足る」
「人間は誰でも一人ずつですわ」
「そうではないよ。心のネジくれた人間は、心は一ツだが、顔も体も別々にいくつもあるものだ。ちょうど虫のようなものだ。虫は何百匹の同類も一ツのものと変りがない。さすがに人間は、何百ということはないが、一人が三人の顔と体をもっている」
「たとえば、どなたが、そうでしょうか」
「克子よ。お前の目にはまだ分るまい。たとえば、大伴晴高と須和康人と久世喜善が実は一人の人間だ。そして……」
 宗久はやゝ口ごもった。そして、やゝ言いかねる様子であった。心の傷がそこにあるかも知れないと思われるような苦しさが、うかがわれた。
 しかし、宗久は何事もないような顔つきにもどって、
「シ
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