おりますので、克子さまの手にあまる場合には最悪の事態に至りますのでなア」
「最悪と申しますと?」
「まことに申上げにくいが、兄上様がかように刀をとって暴れられては致し方ございませぬ。精神病の医師に見せて、場合によってはカンキンも致さねばなりませぬ」
克子は全身の感覚を失うように思った。ようやく我にかえったが、混乱はうちつづくばかりであった。怖しいことだ。兄が精神病院へ入院すれば、兄に弟も子もない大伴家はどうなるだろう?
いま、自分に課せられていることは、なんと重大な、また残酷なことであろうか。死せる父よ母よ。兄とわが身の上に宿りたまえ。つつがなく当家を守護したまえ。
「では……」
克子は思い決して一礼し、しッかと力をこめて、兄の部屋の扉に向って進んだ。
★
病床の兄はねむっていた。起してはなるまいと思い、跫音を殺して、ようやく枕元の椅子にたどりついて腰を下して、さて途方にくれた。
「なんておやつれになったのだろう」
思わず溜息がもれた。婚礼の三日あと、良人とともに挨拶にきたときは、こんなにやつれた兄ではなかった。それからわずか十数日で、頬の肉はゲッソリ
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