と、宗久もさすがに考えこみ、やがてひどい落胆が顔に黒々と表れて黙りこむこともあったし、時にはフッと何か考えついたらしく、やにわに鎌首をもたげて、
「ウヌ。刀で斬ってみれば、わかる。須和と久世と貴様と、三人、そこへ並べ。ハラワタを突き破って正体を見届けてやる」
いきなり起き上って刀をぬいて斬りかかってくる。こうして、晴高すらも刀で追いまわされてしまうのである。宗久の衰弱は甚しいし、根が生れつき虚弱のところへ、学問に凝って、ほとんど書斎を出たことがないから、いかにも身の動きがおそく、宗久に追いまくられても、アワヤの思いをみることは先ず女でもめったになかった。けれども家人一様に抜き身をブラさげた宗久に追いまくられる運命をまぬがれない。
要するに、宗久は誰も信用しないのである。女を見れば、シノブ夫人も侍女たちも見分けがつかず、男を見れば、貴様はその本人ではあるまいと叫んで、いっかな信用しなくなるのであった。
ただ妹の克子を思いだして時々フッと会いたくなるらしく、
「克子をよべ。はやく、よべ。あいつだけはまだ、信用ができるはずだ」
こう叫んだ。けれどもその言葉のように自分でも思いこもうと努める気分になるらしく、次第にあまり力のこもらない呟きになるのであった。
晴高はこう語り終って、克子よりもむしろ宇佐美通太郎を見て苦笑しながら、
「そのようなわけで、病状が特別だから、御新婚のあなた方にお伝え致すのを躊躇しておったが、今となっては克子の心づくしの看病だけが頼みの綱。兄上の心を静めるように皆の者に代ってつとめていただきたい」
叔父の顔は困りきっていた。
そこへ扉をあけ跫音《あしおと》を忍ばせながら姿を現したのは、シノブ夫人と、その父須和康人に久世喜善であった。彼らは抜き身に追いまくられ疲れ果て別室で寝《やす》み、いま目をさまして来たのであろう。
この三名を見ると、克子はなんとなく悪感《おかん》を覚えた。とは云え、二人の男は立派な大紳士である。須和康人は鉱山業者で大金満家。久世喜善は大伴家の家臣ながらも最高重臣の相談役、克子とても礼を失って対することはできない。一同|鄭重《ていちょう》に礼を交してのち、喜善は克子に向って苦笑しつつ、
「さて、克子さま。まことに大役で恐縮ですが、兄上様の御心を静めていただきとう存じます。すでに、令夫人も、小村医師も、我々もサジを投げておりますので、克子さまの手にあまる場合には最悪の事態に至りますのでなア」
「最悪と申しますと?」
「まことに申上げにくいが、兄上様がかように刀をとって暴れられては致し方ございませぬ。精神病の医師に見せて、場合によってはカンキンも致さねばなりませぬ」
克子は全身の感覚を失うように思った。ようやく我にかえったが、混乱はうちつづくばかりであった。怖しいことだ。兄が精神病院へ入院すれば、兄に弟も子もない大伴家はどうなるだろう?
いま、自分に課せられていることは、なんと重大な、また残酷なことであろうか。死せる父よ母よ。兄とわが身の上に宿りたまえ。つつがなく当家を守護したまえ。
「では……」
克子は思い決して一礼し、しッかと力をこめて、兄の部屋の扉に向って進んだ。
★
病床の兄はねむっていた。起してはなるまいと思い、跫音を殺して、ようやく枕元の椅子にたどりついて腰を下して、さて途方にくれた。
「なんておやつれになったのだろう」
思わず溜息がもれた。婚礼の三日あと、良人とともに挨拶にきたときは、こんなにやつれた兄ではなかった。それからわずか十数日で、頬の肉はゲッソリ落ちて、手は骨だけのように小さく細くなっているではないか。
克子は兄の寝顔を見つめて、悪夢を見つつある思い。どれぐらい坐っていたか、それも判じがたいような悲しさであった。せいぜい三十分ぐらいのものであったらしい。兄は目をさました。兄の目が克子を見つめてまだいぶかっているうちに、
「克子です。御気分はいかがですか」
顔をよせてニッコリ笑いかけると、宗久はジッとみつめて、うなずいて、
「克子か。そうか、会いたかった。ここは、どこだ?」
「ここはお兄様のお部屋です」
宗久は何か寝床の中を手さぐりしていたが、首をふって、
「ウソだろう」
「ほら、あたりをごらんなさいませ。いつもと同じお部屋よ。天井も、寝台も、壁も」
宗久の目はやや光った。
「バカな。同じ物はいくつもあるのだ。同じ部屋をつくるぐらいはワケがないことだ。オレが抱いてねたはずの刀がどこにもないではないか」
克子はハッとした。静かに立ち上り、フトンの中をたしかめ、寝台の下や四囲を改めたが、見当らなかった。すでに叔父たちが取りあげて隠したのだろう。それはすぐに思い当ったが、それをどのように説明すべきか、克子は時間をかせぐために
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