ビヤなどとは使節を交していないから、彼女の責任を負うている外国公館も存在しないぜ」
「店を開く手続きは?」
「君に勘定をもたせるわけは、それだよ。わずかに一ヶ月足らずで貴婦人たちから揃ってヒジ鉄砲を食ったというのは、あんまり馬脚を現すのが早すぎるようだが、その反対に、開店と同時にすでに名流夫人の人気にことごとく投じていた。さすれば開店のアッセンをした者が日本の名流婦人の心を左右する力をそなえた誰かであることが分ろう。その誰かは、三人いる。それは公爵と大臣で、それ以下の身分の人ではないことだけ言っておこう。むろん、すでにお察しの如くにこの三貴人を動かした者が実際に君が知りたい人名であろうが、それはたぶん誰にも知られていないだろう。むろん僕にも分らない。しかし、外国関係のことが職業の我々仲間には、いまもって大きな謎が一ツ残っている。三貴人を動かして開店と同時に名流婦人が法外の値を物ともせずに飛びつくような効果的な後援を貴人直々してくれるには相当の運動資金が必要であろう。貴人の名を後援者につらねることは容易だが、真に効果的な実役を果すことに努めるのはこの人々の習慣的な後援法にはないことだ。それは莫大な運動資金を費したと想像しうるにも拘らず、ロッテナム夫人は一ヶ月足らずのうちに悪評の総攻撃にあって行方をくらました。もっとも、高価きわまる手術費と香水の値段だから、ロッテナム夫人のモウケは一ヶ月でも少なからぬ額であったと想像しうるが、三貴人を動かした人がこれによっていかに益するところがあったか、これが我々の大いなる謎なのさ。ある者はスパイだろうかと疑る。我々外交官は、まずそれを考えるのだ。しかし、これによって益するスパイ行為が有りうるだろうか。まず疑った者も、結局ない、という結論に至らざるを得ないのさ。するとそのほかに何が考えられるだろう? ここまでくるともはや外交官には分らない。あとは君の解く領分だが、それにも拘らず、表面に大看板をかかげ、たしかに何かの目的のために表向きの大役をつとめたのが奇々怪々な外国婦人であったという点で、我々外交官にとっては、今もって関心と謎を忘れることができない。実は内々こッちから名探偵に助け舟をもとめたいほど、なんとなく気がかりな事だったのさ。どうやら、こッちが勘定をもたなければならないような話になったがね」
宇井はさらにいかにもガッカリしたよう
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