終ったのであった。

          ★

 この出来事の裏に犯罪がありとすれば由々しい大事であるから、新十郎は根掘り葉掘り問いただすことを忘れなかったが、いかんせん二人の観察は時日も浅く、特に陰謀者と目すべき側の動静については、ほとんど個人的なツナガリも観察の機会も持たないのだ。
「お話はよく分りましたが、私がただちに申上げることができるような結論はまだ何一ツありません。だが、とにかく、三本指の変死人がロッテナム夫人の扉ボーイの黒ン坊だった男かどうか、時日のすこしも早いうち、ただ今から確かめに急ぐと致しましょう」
 ただちに馬車にのって警察を訪ね、仮埋葬の死人を見せてもらうと、黒白の相違もあって人相では一切判断できないが、身体の大きさは同じぐらいだし、着ている服はたしかにその黒人の着ていたものに相違ないと云う。
 見たところ、死後に日数を経た死体ではないようだ。杭にかかっていたというが、その状況をよく訊き正してみると、射殺されて水中へ落ちた時に杭にかかったもので、流れてきて杭にかかったものではないようであった。
 昨日の朝の発見であるが、その前夜から夜明けまでのうちに殺されたもののようだ。調査に当った警官が出て来ての直接の答えでは、
「左様ですなア。その辺には血痕も、特別の足跡もありませんし、上流と下流にわたって岸を調査した報告はそろって『現場の跡を発見せず』でありました。一昨夜から昨日までの潮は、満潮が午後十時ごろと午前十時ごろ、干潮が午前四時ごろと夜は五時ごろでした。一昨夜来の水量と潮では、満潮になると杭にかかった死体が外れて流れますが、それは満潮の前後各一時間半ぐらいではないかという、その方面の係の者からの報告がありました。すると、射殺されて落ちた場所で杭にかかったとすれば、一昨夜の満潮が十時ですから、約十一時半以後、発見が朝の八時で、その時はまだ次の満潮が死人を杭から外す時刻になっていません。つまり一昨夜の夜十一時半ごろから、翌朝八時までのうちに射殺されたことになります」
「被害者のポケットや、身につけたもので、特別の物はありませんか」
「何一ツ特別なものはありません」
 変死体の発見された三囲様のあたりは淋しいところで、誰も銃声をきいたと申立てる者がないそうだ。
 警察を辞去すると、新十郎は二人に向って、
「調査は迅速を要します。ロッテナム夫人はお話
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