ツンボで、オシで正真正銘マチガイなしの出来損いだ。そのほかに金三とかいうツンボでオシの下男がいて、島田じゃア、ツンボでなきゃア下女下男に入れない家法だ。もっともお吉という女アンマが出入りしているが、これはメクラだとよ。今度の普請もツンボの大工に限るそうだが、幸いなことに、貴公が無口で横柄だから、近所の者もあいつツンボじゃないかなどと言う者がいるのは都合がよい」
ベク助が無口なのは熊に片アゴかみとられてから舌がもつれてフイゴの吹いているような風の音がまじるのも喋りたくない理由であった。
「そこで貴公に頼みというのは、縁の下から抜け道をつけてもらいたい。ここに手附けが三百両。見事仕上がったら、耳をそろえて七百両進上しようじゃないか」
ベク助は特に逃げ隠れているわけではないが、隣り近所のツキアイというものを全くやっていない。
そこで島田道場という奇怪な存在についても知識は乏しかったが、五忘の話の内容だけでも一方ならぬ曲者であることは明らかであろう。ツンボとメクラのほかには出入りを許さぬというから、人に知られては困る秘密があるに相違なかろう。
五忘のタクラミは分らないが、ニセツンボで普請を仕上げるまでには五忘の奴にも分らない秘密が握れるかも知れない。こいつは一仕事、しがいがあると考えた。
★
普請は福助の三次郎と平戸久作の娘葉子の新婚のための新居であった。
ベク助は島田の逞しさにも驚いたし、サチコの美しさにも目をうばわれたが、福助の三次郎にも一驚した。
小人の身体に大頭をのッけたこの畸形児の目玉の鋭さはどうだろう。これは悪魔の目色だ。なんて深い光であろうか。どこにも油断がなく、どこにも軽やかな色がない。冷く凍りついた目であった。
島田幾之進もその眼光はただならぬが、そこには達人の温容がこもっていた。三次郎には、あたたかさ、甘さの影すらもない。日に一度顔を合わせることも稀れであったが、ベク助はその目を見ると石になるような悪感が走った。
「こいつ悪魔だ。化け者だぞ」
ベク助は自分の心に言いきかせる必要があった。
「こんな約束の違う野郎は珍しいや」
そうせせら笑ってみても、背筋を走る悪感はどうにもならないし、その正体はつかみようがなかった。
しかし、なにしろニセツンボになりきるのが何よりの大事で、まア、その心得にはヌカリがない自信はあった。
ところが自分がニセモノであるために、彼は妙なことに気がついた。
ある日仕事のキリがわるくて後片づけをしているうちに真ッ暗闇の夜になった。そこへお吉アンマが普請場を通りすぎたが、昼間通る時に比べて実に歩行が不自由だ。しきりに物に突当るし、その手さぐりのタドタドしさ、何倍の長時間を要して普請場をようやく通りぬけて行く。
メクラに夜も昼もあるものか。このメクラはニセモノだぞ、たしかにクサイ、と自分がニセモノであるために、ベク助は即座にこう断定した。
なるほど、お吉の片目は白目だけだし、片目は細くて、赤くただれ、黒目がちょッとのぞけて見えるだけだが、ただれのためにメクラとしか見えないけれども、いくらか見えるに相違ない。ちょうど帰りが一しょになったから、話しかけて、秘密を知りたいとは思うが、ツンボでオシが喋るわけにいかないから、暗闇を幸い、見えがくれに後をつけると、芝山内の近くまで長歩きして、大きな邸宅の裏木戸をくぐって行く。
幸いあたりは人通りがないから、ベク助はそッと塀をのりこえて邸内へ忍びこんだ。
使用人の住宅もあるから、燈火のもれているのを一ツ一ツのぞいて行くと、本邸の洋館広間に主人と三太夫らしい人物とお吉の三人が話をしている。わりに窓に近くて、お吉の声がカン高いから、お吉の声だけわりとハッキリききとれる。
「金三さんの話では、今度の大工はニセツンボだてえことでした。金三さんはニセツンボに年期を入れていますから、一日二日でニセと分ったそうですよ。どうしても音のする方に顔がうごきますからねえ。ですが、なりたてのニセモノにしては出来た野郎だてえ話でした」
お吉の声である。ベク助はおどろいた。オヤオヤ、下男の金三もニセツンボで、コチトラだけが見破られるとは呆れた曲者。上には上があるものだ。
男の声はききとれなかったが、どういう筋から雇い入れたか訊いたらしい。お吉の返事で、
「七宝寺のナマグサ坊主ですよ。住職が三休てえ蛸入道で、その子の五忘てえガマガエルの妹がお紺てえホンモノのツンボで島田の女中にやとわれている事。蛸入道もガマガエルも芝で名題の悪党ですから、何かたくらんでいるのに相違ないと金三の話でした」
それから話は金三に尚とくと大工を見はれと言ってるらしく、まもなくお吉は立ち去った。
すると、それと入れちがいに奥から二人の若者が現れた。その二人
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