くそうだ。シナの利権は奴の顔を通さないと、どうにもならないということだぜ」
「するてえと、山本てえ人は日本の役に立ってるのか、シナの役に立ってるのか、どっちの役に立つ人なんでしょうねえ」
「それはお前、どっちの役にも立たねえや。自分の役に立つだけだアな。しかし、まア、どっちかと云えば、シナの威光をかりて日本を食い者にしている奴だ」
「ふてえ奴ですねえ。ところで、つかないことを訊きますが、島田幾之進てえ武芸者は、シナにツナガリのある仁ですかい」
「ちかごろ名題の曲者だなア。オレがシナにいたころは、そんな名を一度もきいたことがないな。だがな。アチラの馬賊の頭目や海賊の頭目に日本人が一人二人いるらしいが、誰も日本名を名乗っちゃいねえよ。みんなアチラの名がついてらア」
「平戸久作てえのは?」
「それは棉花を買いつけて、ちょッとばかしもうけた商人だ。大坪彦次郎てえのが相棒で、モウケたと云ってもそれほどの成金ではないが、こういうカセギをするにも、それ、山本定信の手を通し、進物を呈上しなくちゃア事が成らないてえワケだ。山本定信に見放されると、あとのカセギはできないぜ」
「なるほどねえ」
これで大体の当りはついた。ただ問題は島田幾之進であるが、平戸久作が山本定信にそむいて葉子を三次郎にめあわすとすれば、島田は山本と対立しうる実力者であるに相違ない。
するてえと、蛸入道とガマ坊主は何を目当てにたくらんでいるのであろうか。
島田一族という奴は、とにかく薄気味わるい怪物ぞろいだ。おまけにニセツンボは山本定信の廻し者に見破られている。あるいは島田一族にもとっくに見破られているかも知れない。
しかし、ベク助とても悪党の筋が一本通っている点では人後に落ちない曲者だから、みんな見破られているようだと分っていても、よろしい、一そうやってやれという不逞な根性が鎌首をもたげるのである。
五忘の奴にたのまれた約束なんぞというチャチな問題ではなかった。敵を大曲者と知り、見破られたと知る故に、敢て五忘の註文通り縁の下から通じる道を立派にしとげて怪物どもの鼻をあかしてやろうと決意をかたくした。
そこでベク助は普請に精魂を傾けた。一手に大工も左官も屋根屋もやる。九月上旬からかかって十二月の半ばに八畳と四畳半と三畳に台所をつけた小さな別宅が完成した。一人で仕上げたにしてはたしかに見事な出来。ところが台所の板をあげると下が物置になっている。物置の四方が塗りこめられていて縁の下との仕切りは完全のようであるが、実は幅三尺、高さ二尺の石のカベが動くように出来ている。この苦心はナミ大ていなことではなく、しかし堂々とやってのけた。
島田幾之進はベク助の熱心な仕事ぶりと見事な出来を賞して、多額の金品を与えた。
ベク助はその日七宝寺へ立ち帰ると、五忘に向って、
「約束通り、細工はちゃんとしておきましたぜ。細工はこれこれ、しかじか。まア、ためしに行ってきてごらん。約束の金はそれからで結構でさア」
と、しごくおおらかで、コセコセしたところがないのは、蛸入やガマの如き小怪物は物の数ではない。大怪物を見事にだましおわせた満足だけで大きに好機嫌であったからだ。
ところが五忘とても、そうチャチな小者ではないから、ベク助の言葉にイツワリなしと見て、耳をそろえて七百両をとりそろえ、
「大そうムリな頼みをしてくれて有りがたい。ガマと自雷也のホリモノはフッツリ忘れたから、どこへなりと行くがよい。長らく性に合わない仏造りは、すまなかったな」
こう云って、アッサリとヒマをだした。
ベク助は足かけ四年、一文もムダに使わず貯えた金だけを肌身につけて、
「長らくお世話になりました。また箕作りのベク助で」
と、道具一式を包みにしてブラリと七宝寺を立ち去ってしまった。
しかし、このまま行きずりながらもフシギな事態を見すてるようなベク助ではなかった。最後の秘密は必ず見届けてみせるぞ、と心に誓い、流浪の箕作りを装って、島田道場を遠まきにセブリをつづけていたのである。
必ず何かが起る。容易ならぬことが起るであろう。何が起るか知れないが、オレが本腰を入れるのはそれからだ、とベク助は考えていた。
★
それは婚礼の夜のことだ。婚礼と云っても、極めて内輪の集りで、島田幾之進、平戸久作、いずれも妻女をなくして一人身、二人の父と門弟、サチコが集ったのみ、つまり毎日の顔ぶれにヨメとその父が加ったというだけのことだ。
道場で祝言をあげ、座敷で酒宴をひらく。平素酒をつつしむ島田道場で一同が盃をくみかわすのは正月の元日でも見ることのできない風景である。
平素きたえにきたえた一同も、酒の方ではきたえがないから、早くも酔って、座は甚しく賑やかに浮き立っている。酔わないのは、サチコとオヨメさんだ
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